出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

六十三話〜表裏〜




「失礼致します、お茶をお持ち致しました」

 エヴェリーナが執務室へ入ると、ユージーンが机に向かい書類を眺めていた。
 彼はまるで関心が無いのかこちらには見向きもしないので、そのまま机の端にお茶を注いだカップを置く。

 コルベール夫妻やビアンカが領地へ行き使用人達も付いて行ったので、屋敷内は更に人手不足となり、エヴェリーナがユージーンへお茶を出すようにと頼まれ執務室に入る機会を得られた。

 ゆっくりとした動作で、執務室の中を視線だけ動かし盗み見る。
 重要な書類が保管されていそうな場所を探すが、流石にこの短い時間では難しかった。

『兄さんはいつも姉さんと一緒だから、まさか兄さんが残るなんて思わなくて……ごめん』

『予定外ではありますが大丈夫です。ユージーン様お一人なら、どうにかなると思います』

 当てが外れたと落ち込むニコラにそう声を掛けてはみたが、正直打開策は浮かんでいない。
 ただ夫妻やビアンカがいない事で、屋敷内はかなり閑散としており動き易いのは事実だ。これなら夜中に忍びこんでも問題はないかも知れない。ただ手早く済ませたいので、予め重要な書類の保管場所の目星はつけておきたい。

「君、見ない顔だな」

 ユージーンにお茶を運ぶ事数日、いつも通りにお茶を机に置いた時、不意に彼が口を開いた。
 まさか声を掛けられるとは思わず、動揺し一瞬動きを止める。

「新しく入りました、侍女のリナと申します」

「そうか、宜しく頼むよ」

 書類から顔を上げたユージーンと目が合った。
 事前に聞いていた情報とこの数日の振る舞いから傲慢な人物なのだと推測していたが、今目の前にいる彼からは微塵もそんな事は感じない。
 爽やかに笑みを浮かべる様子は如何にも好青年といった感じだった。


「ありがとう」

 それからユージーンにお茶を運ぶ度に、彼はエヴェリーナに声を掛けてくるようになった。

「ん? これは……」

「疲労には甘い物が良いそうなので、僭越ながら添えさせて頂きました」

 説明をすると、彼は眉を上げながらも一枚摘み上げると口に入れた。

「甘さが控えめで、美味しいな」

「お口に合って良かったです。砂糖の代わりに蜂蜜を使用しておりますので、甘さは抑えられております」

「君が作ったのか?」

「はい」

 そんなたわいのない話をしながら、エヴェリーナはユージーンを注意深く観察をした。
 毎日、少しずつだが会話をして彼の警戒心を緩める作戦だ。
 信頼関係を築ければ、執務室などの掃除を任して貰える可能性がある。危険性は少ないに越したことはない。
 
「ビアンカ様は、いつ頃お戻りになられるのですか?」

 夫妻やビアンカが領地に行ってから半月くらい経つので、最近気掛かりだった。
 慎重である事は大事だが、余り悠長にしていると帰ってきてしまうだろう。
 ニコラや他の使用人達に聞いても、戻りがいつなのかハッキリしなかったので、ユージーンに聞くのが確実だと考えた。
 そして夫妻ではなく敢えてビアンカの名を出したのは、ちょっとした好奇心でもある。彼が妹にどのような反応を見せるのかが気になった。

「気になるのかい?」

「心配でして……」

「嘘は吐かなくていい」

「っーー」

 眉根を寄せ心配そうに振る舞うが、ユージーンには見透かされていたのか、彼はそんな確信めいた言葉を吐いた。その言葉に心臓が跳ねる。
 
「あの……」

 兎に角言い繕おうとすると、何故か彼は苦笑した。

「戻って来て欲しくないのは分かっている。それは君に限った事ではなく、他の者達も同じだろう」

 意外な言葉に、エヴェリーナは目を見張り黙り込む。

「君は屋敷に来てまだ日が浅くそこまで実感はないだろうが、使用人達は妹の傍若無人さに疲弊しきっている。君が屋敷に来る前には、妹の当たりが強い所為で使用人が何人も辞めたんだ。まあこれまでにも同じような事はあったが、今回は特に酷くてね」

 妹を溺愛していると聞いていたので、ビアンカを否定するような物言いに困惑をする。
 もしかしたら同調するかどうか試しているのだろうか……。

「誰も彼もが、妹を疎ましく思っている。それでも私は妹を愛しているんだ。ビアンカの為なら何でもしてあげたい。望む事は全て叶えてあげたいんだ。可笑しいだろう?」

「いえ、そのような事は……」

 穏やかで好青年に見えたユージーンだったが、急激に雰囲気が変わった。
 人は二面生を持つ者が大半だろう。
 外での顔と内での顔、それが悪い事だとは思わない。寧ろ使い分ける事は重要だと思っている。だがそれはどちらの顔も真面である事が前提だ。
 彼からは確かに狂気を感じる。
 
「すまない、少し話し過ぎたな」

「いえ。それでは、私は下がらせて頂きます」

 エヴェリーナは一刻も早く立ち去りたい気持ちを隠しながら、いつも通り使用済みの茶器などを丁寧に片付ける。
 そして部屋を出ようとドアノブに触れた時だった。ユージーンが思い出したように背中越しに声を掛けてきた。

「ああ、そうだ。これからは君に執務室(ここ)の清掃を頼みたいんだ」

「ーー承知致しました」

 エヴェリーナはその言葉に快諾し部屋を後にした。

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