俺が、私で、アイドルで - 秘密を抱いてステージへ
第1章:きっかけの午後
 夕方の渋谷センター街。アスファルトに照り返す熱気が、九月だというのに夏を引きずっている。
 藍原瞳は、男友達の壮馬と楓に挟まれて、人波の中を歩いていた。

 ダンスタイプの音ゲーで散々体を動かしたあとの疲労感が、心地よく残っている。さっきまでゲーセンで競い合っていたのだ。

「瞳、今日は絶好調だったな。フルコン連発じゃん」
 楓が笑いながらスマホを掲げて、撮った写真を見せる。

「まあね。センスの問題よ」
「ふん。見てろ、次は俺が勝つから」

 三人で歩いていると、別のゲーセンのネオンが目に飛び込む。
「なあ、瞳。プリクラ撮ろうぜ」
 隣で壮馬が騒ぐ。うるさいけれど、嫌いじゃない。

「男三人でプリクラなんてきもちわりい」
 楓が即座に突っ込む。

「おい。一応女の子なんだけど」
「男子枠でカースト上位にいるやつが言うセリフか?」

 ――冗談を平気で飛ばしてくる。でも、それが普通になってしまっている。
 ――私だって、自分が女だって自覚……正直、薄いし。

 ゲーセンの前で立ち止まったときだった。

「……すみません、キミ」

 不意に背後から声がかかる。瞳が振り返ると、スーツ姿の男が名刺を差し出していた。
 整った笑顔。いかにも営業マン、という雰囲気。

「急にごめんね。芸能界に興味ない? ウチ、今ちょうど新しいメンズグループ立ち上げるとこでさ。キミ、顔立ちがすごく中性的で、惹きがあるよ。オーディション、受けてみない?」

 差し出された名刺には「Echoline Entertainment」の文字。ネットで何度か見た記憶がある。パンフレットには“新メンズアイドルグループ・メンバー募集”の派手な文字。

「はあ……」
 瞳は戸惑いながらも、名刺とパンフを受け取った。

「じゃあ、考えてみて」
 男は雑踏に紛れるように去っていく。

「はっはっは! おい楓、見ろこれ!」
 壮馬が腹を抱えて笑い始める。
「ヒトミが男子枠でスカウトされてんだけど! どんだけだよ!」

 楓は肩をすくめた。
「……まあ、髪短いし、しゃべり方男っぽいし。間違われても仕方ない」

「いやいや、お前さあ。これ、行けって。むしろ面白すぎるだろ」
「……あんたらな」

 瞳はため息をついた。けれど、名刺を受け取った手は、ぎゅっと離さなかった。

 ――どうせ、毎日は同じ繰り返し。
 ――ちょっとくらい、ふざけてもいいよね。
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