俺が、私で、アイドルで - 秘密を抱いてステージへ
第5章:秘密と絆
イベント会場のロビーは、甘い香水と消毒液の匂いが混ざっていた。
整理券を握りしめたファンの列。ざわめきが波の音のようだ。レイ――藍原瞳は、仕切りパネルの裏でマイクを外し、深く息を吐いた。
――大丈夫。いつも通り、落ち着いて。
――私は“レイ”。ステージの私。
「みんな準備はいいか」
アオトの低い声が、背筋を正す合図みたいに響いた。ヒナタは手をぶんぶん振って笑っている。ユウキは消毒液を手にすり込み、無表情で頷いた。
スタッフの合図。仕切りの向こうから、歓声が跳ねた。
「Bluebell Boys、握手会スタートでーす!」
長机を挟んで座ると、最初のファンが小走りに駆け寄ってきた。
「レイくん、初めまして! お披露目、すごくよかった!」
細い指が、そっと手を握る。体温が伝わる。
――男子アイドルとして、自然に。
「ありがとう。来てくれて嬉しい」
声は落ち着いている。喉の震えは、自分にしかわからない程度だ。
「レイくんって、写真よりクールだね。笑ってー」
瞳は口角を上げた。
――笑う、だけ。でも、目が笑えてるかはわからない。
「こうかな」
「そう、それ! わ、やば、心臓もたない…!」
横ではヒナタが大声で笑わせ、ファンとハイタッチを連発している。
「次はコール覚えて、名前呼んで!」
「うん! 最高の声で呼ぶから!」
ユウキは淡々と受け答えしながら、時々だけナイフみたいな一言を落とす。
「宿題は早めに済ませるタイプです」「偉い」「ステージは予習が命だから」
ファンが「わかる…!」と小さく悲鳴を上げる。
列が進む。手を握り、目を合わせ、短い言葉を届ける。
――秒単位で人が入れ替わる。顔、声、香り、手のぬくもり。
――誰も、私が“女の子”だとは思ってない。
途中、視界の端で制服のリボンが揺れた。
「……レイ、くん?」
胸のどこかがひやりとした。見覚えのある顔。クラスの後ろの席の子に似ている。というか、その子だろう。
「お披露目、動画見たよ。歌、すごかった」
「ありがとう。これからも、頑張る」
視線はまっすぐ、声は低く短く。当然、名前は呼ばない。相手も名乗らない。
――似てると思っても、確証はないはず。
手が離れた瞬間、彼女は小さく首をかしげ、それでも笑って列の外へ消えた。
休憩の合図。ペットボトルの水で喉を湿らせる。ヒナタはまだ笑っていて、ユウキはメモに何か単語を書き留めている。アオトは腕を組み、遠くの列の長さを測るみたいに目を細めた。
「いい顔してる」
アオトが不意に言った。
「……そう見えるなら、よかった」
――本当に、そう見えてるのかな。
――でも、さっきの“ありがとう”は、本心だった。
後半戦。声も手も熱を帯びて、時間が風のように流れていった。
最後のファンが去ったとき、拍手が起きた。スタッフの労いの声と、遠くでまだ響く歓声の余韻。
瞳はそっと指先を見つめた。薄く赤いその手が、少し誇らしかった。
――私の手で、ちゃんと届いた。
整理券を握りしめたファンの列。ざわめきが波の音のようだ。レイ――藍原瞳は、仕切りパネルの裏でマイクを外し、深く息を吐いた。
――大丈夫。いつも通り、落ち着いて。
――私は“レイ”。ステージの私。
「みんな準備はいいか」
アオトの低い声が、背筋を正す合図みたいに響いた。ヒナタは手をぶんぶん振って笑っている。ユウキは消毒液を手にすり込み、無表情で頷いた。
スタッフの合図。仕切りの向こうから、歓声が跳ねた。
「Bluebell Boys、握手会スタートでーす!」
長机を挟んで座ると、最初のファンが小走りに駆け寄ってきた。
「レイくん、初めまして! お披露目、すごくよかった!」
細い指が、そっと手を握る。体温が伝わる。
――男子アイドルとして、自然に。
「ありがとう。来てくれて嬉しい」
声は落ち着いている。喉の震えは、自分にしかわからない程度だ。
「レイくんって、写真よりクールだね。笑ってー」
瞳は口角を上げた。
――笑う、だけ。でも、目が笑えてるかはわからない。
「こうかな」
「そう、それ! わ、やば、心臓もたない…!」
横ではヒナタが大声で笑わせ、ファンとハイタッチを連発している。
「次はコール覚えて、名前呼んで!」
「うん! 最高の声で呼ぶから!」
ユウキは淡々と受け答えしながら、時々だけナイフみたいな一言を落とす。
「宿題は早めに済ませるタイプです」「偉い」「ステージは予習が命だから」
ファンが「わかる…!」と小さく悲鳴を上げる。
列が進む。手を握り、目を合わせ、短い言葉を届ける。
――秒単位で人が入れ替わる。顔、声、香り、手のぬくもり。
――誰も、私が“女の子”だとは思ってない。
途中、視界の端で制服のリボンが揺れた。
「……レイ、くん?」
胸のどこかがひやりとした。見覚えのある顔。クラスの後ろの席の子に似ている。というか、その子だろう。
「お披露目、動画見たよ。歌、すごかった」
「ありがとう。これからも、頑張る」
視線はまっすぐ、声は低く短く。当然、名前は呼ばない。相手も名乗らない。
――似てると思っても、確証はないはず。
手が離れた瞬間、彼女は小さく首をかしげ、それでも笑って列の外へ消えた。
休憩の合図。ペットボトルの水で喉を湿らせる。ヒナタはまだ笑っていて、ユウキはメモに何か単語を書き留めている。アオトは腕を組み、遠くの列の長さを測るみたいに目を細めた。
「いい顔してる」
アオトが不意に言った。
「……そう見えるなら、よかった」
――本当に、そう見えてるのかな。
――でも、さっきの“ありがとう”は、本心だった。
後半戦。声も手も熱を帯びて、時間が風のように流れていった。
最後のファンが去ったとき、拍手が起きた。スタッフの労いの声と、遠くでまだ響く歓声の余韻。
瞳はそっと指先を見つめた。薄く赤いその手が、少し誇らしかった。
――私の手で、ちゃんと届いた。