第一作★血文字の残響★
 ① 序章 ― 発見

 梅雨の終わり、山間の村は重たい湿気に覆われていた。
 相沢真一がハンドルを切り、細い林道を抜けたとき、目の前にあの廃屋が現れた。

 神谷家の屋敷――。
 二十年前、一家三人が忽然と姿を消した事件の現場だ。
 村人たちは「夜な夜な子どもの泣き声が聞こえる」と囁き合い、誰も近づこうとはしない。

 だが、その屋敷から今朝、再び「血文字」が見つかったという。
 地元警察が立ち入り調査を行ったが、記者クラブには詳細を明かさず、噂だけが広がっている。

 相沢は懐中電灯を取り出し、崩れかけた玄関をまたいだ。
 かび臭い空気が肺にまとわりつき、足元の畳は湿気で柔らかく沈む。

 光を壁に向けた瞬間、息を呑んだ。

 そこには、赤黒い文字がべっとりと刻まれていた。

 ――「ゆるして」
 ――「ごめんなさい」
 ――「たすけて」

 滲んだ筆跡は壁一面を覆い、まるで誰かが必死に叫び続けた痕跡のようだった。

 「……二十年も経っているはずなのに、乾いていない……?」

 指先を近づけると、生温かい湿り気が触れた。
 血だ。間違いなく新しい。

 背筋に冷たいものが走る。
 この文字を書いたのは、失踪した少女なのか――それとも。

 シャッターを切る音が、静まり返った廃屋に響いた。
 そのとき、背後の床板が、ぎしりと鳴った。
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