忌み子の私に白馬の王子様は現れませんでしたが、代わりに無法者は攫いにきました。
27話 再び檻の中
暗く湿った牢屋の空気が肌にべっとり張り付いていた。石壁は冷たく、触れるだけで骨まで凍えてくる。
目隠しはもう外されているが、代わりに手足は鉄の鎖で繋がれていた。
鉄格子の向こうは闇が広がり、わずかなランプの灯りがぼんやりと床を照らすだけ。淡い灯により影が長く伸び、私の姿を不気味に歪めて映していた。時間さえわからない。窓のない牢は、外の世界を完全に遮断しただ永遠の闇が拡がっている。
捕縛されてからどれだけ時間が経ったかはわからない。最低でも一週間は経過したと思う。
時折、どこかから水滴が滴る音が響きそれが唯一の時間経過を示している。ポタン、ポタン……その音が、心を蝕むように繰り返され頭がどうにかなってしまいそうだった。
つい一年前まで暮らしていた場所のはずでかつては平気だった無機質な静寂が今は痛い。
私は生まれ育った地方の領都の屋敷地下に再び幽閉されていた。懐かしの我が生家にして部屋とも言えるがまるで安心感などない。ヴィシャスが壊した天井や壁は何事もなかったかのように修復されている。まるで、今までのことが全て夢幻だったかのように。
「…………」
ひょっとしたら私は死刑の宣告を受けてから妄想に現実逃避していたのかもしれない。反逆者の悪党に牢屋から攫われるなんてことはなくて本当はずっと薄暗い牢の中にいただけなんだ。そんな気すらしてくる。
牢の外から、足音が近づく。牢屋の看守の顔がぼんやりと見える。無表情の男、鎧を着た帝国の兵士だった。
「食事だ」
事務的な声が響く。檻の隙間から鉄皿に置かれたパンと水が差し入れられた。味気ない、固くなったパンと、濁った水。
「ちゃんと食え。お前は処刑により殺される、その前に死んでもらっては管理責任になるからな」
目は冷たく、私を物のように見ており人間扱いしていないのがわかる。聖騎士アーサーの言ったように死刑囚は死刑囚でも非公式でも領主の娘として貴族待遇ではあるらしく檻と鎖以外で不便はなかった。乱暴に扱われることもない。というより魔痕のある私と関わり合いになりたくないのかもしれない。牢番はローテーションで何人か交代するが誰も私と目を合わせようとすらしなかった。
「……はい」
俯き小さく答える。
何度も繰り返したやり取りは毎回同じ。事務的で情はない。傭兵団の皆とは明確に違う。あの温かな日々、私を魔痕持ち以前に「人」として見てくれた。ヴェルゼとして。笑い合い、支え合い居場所があった。
看守は鼻を鳴らし、
「早く処刑されてくれないかな。穢れの女め」
聞こえないとでも思っているのか小声で呟いて立ち去った。足音が遠ざかり牢は再び静寂に包まれる。
「うひっ……へへへ」
ひきつった笑みが浮かぶ。結局、この卑屈な笑顔は治らなかったな。他人事のように思う。
ヴィシャスと出会い、攫われ、傭兵団の仲間達と出会い、自分の居場所を手に入れたはずだったのに……またここに戻ってきた。
「あ~あ……」
独り言が壁に反響して虚しく消える。私は体を丸め膝を抱えた。鎖がカチャリと音を立て動きを制限しているぞと教えてくれている。
特にやることもないので皆のことを思い出す。
ラビィルさんには魔法や生活する上での大切なことを教えてもらった。ガルフの軽口は私の心を軽くしてくれた。ナイゼルは少し面倒だけど丁寧に物事を説明してくれた。
ヴィシャスは……いつも乱暴で身勝手だ。無鉄砲だし喧嘩っ早い。図体ばかりがデカくて中身は子供みたいだ。あんな人の求婚は断っておいて正解だった。
ヴェルゼリア・コンスタンサは生まれついての厄介者だ。根暗で陰気で何事も否定から入るくだらない人間である。関わった人間は皆不幸になった。魔痕持ちを輩出したことで父は家名に傷がつくことを恐れて生きなければならなかった。母も娘が凶兆を持って生まれ父と私で板挟みとなり苦しんだことだろう。
亜人同盟だって私がいなければここまで躍起になって聖騎士に狙われることもなかったかもしれない。
だから、ヴェルゼリア・コンスタンサは死んだ方が良い人間なのだ。
「う……」
気づけば膝を抱えながら震え、瞳からは熱いものが流れている。
帝都でのデート、鉱山町での共闘、旅館みたいなアジトでの日常、皆の笑顔。私にはもったいないくらいの日々だった。死ぬ前に良い思いでの一つや二つ得られて本当に良かった、良かった。
きっと皆は森から無事に逃げおおせたはず。私がいなくなっても元通りの日常に戻るだけだろう。
悪しき魔痕の女は処刑され帝国はひと安心、めでたしめでたし。未来の絵本が作られればそう記されるのだ。
またどれだけの時間が経っただろう。牢の外から、再び足音が近づく。
入ってきたのは、妹のティアラ。黒色の手入れの行き届いた髪を優雅に束ね、華やかなドレスを纏った彼女。
目隠しはもう外されているが、代わりに手足は鉄の鎖で繋がれていた。
鉄格子の向こうは闇が広がり、わずかなランプの灯りがぼんやりと床を照らすだけ。淡い灯により影が長く伸び、私の姿を不気味に歪めて映していた。時間さえわからない。窓のない牢は、外の世界を完全に遮断しただ永遠の闇が拡がっている。
捕縛されてからどれだけ時間が経ったかはわからない。最低でも一週間は経過したと思う。
時折、どこかから水滴が滴る音が響きそれが唯一の時間経過を示している。ポタン、ポタン……その音が、心を蝕むように繰り返され頭がどうにかなってしまいそうだった。
つい一年前まで暮らしていた場所のはずでかつては平気だった無機質な静寂が今は痛い。
私は生まれ育った地方の領都の屋敷地下に再び幽閉されていた。懐かしの我が生家にして部屋とも言えるがまるで安心感などない。ヴィシャスが壊した天井や壁は何事もなかったかのように修復されている。まるで、今までのことが全て夢幻だったかのように。
「…………」
ひょっとしたら私は死刑の宣告を受けてから妄想に現実逃避していたのかもしれない。反逆者の悪党に牢屋から攫われるなんてことはなくて本当はずっと薄暗い牢の中にいただけなんだ。そんな気すらしてくる。
牢の外から、足音が近づく。牢屋の看守の顔がぼんやりと見える。無表情の男、鎧を着た帝国の兵士だった。
「食事だ」
事務的な声が響く。檻の隙間から鉄皿に置かれたパンと水が差し入れられた。味気ない、固くなったパンと、濁った水。
「ちゃんと食え。お前は処刑により殺される、その前に死んでもらっては管理責任になるからな」
目は冷たく、私を物のように見ており人間扱いしていないのがわかる。聖騎士アーサーの言ったように死刑囚は死刑囚でも非公式でも領主の娘として貴族待遇ではあるらしく檻と鎖以外で不便はなかった。乱暴に扱われることもない。というより魔痕のある私と関わり合いになりたくないのかもしれない。牢番はローテーションで何人か交代するが誰も私と目を合わせようとすらしなかった。
「……はい」
俯き小さく答える。
何度も繰り返したやり取りは毎回同じ。事務的で情はない。傭兵団の皆とは明確に違う。あの温かな日々、私を魔痕持ち以前に「人」として見てくれた。ヴェルゼとして。笑い合い、支え合い居場所があった。
看守は鼻を鳴らし、
「早く処刑されてくれないかな。穢れの女め」
聞こえないとでも思っているのか小声で呟いて立ち去った。足音が遠ざかり牢は再び静寂に包まれる。
「うひっ……へへへ」
ひきつった笑みが浮かぶ。結局、この卑屈な笑顔は治らなかったな。他人事のように思う。
ヴィシャスと出会い、攫われ、傭兵団の仲間達と出会い、自分の居場所を手に入れたはずだったのに……またここに戻ってきた。
「あ~あ……」
独り言が壁に反響して虚しく消える。私は体を丸め膝を抱えた。鎖がカチャリと音を立て動きを制限しているぞと教えてくれている。
特にやることもないので皆のことを思い出す。
ラビィルさんには魔法や生活する上での大切なことを教えてもらった。ガルフの軽口は私の心を軽くしてくれた。ナイゼルは少し面倒だけど丁寧に物事を説明してくれた。
ヴィシャスは……いつも乱暴で身勝手だ。無鉄砲だし喧嘩っ早い。図体ばかりがデカくて中身は子供みたいだ。あんな人の求婚は断っておいて正解だった。
ヴェルゼリア・コンスタンサは生まれついての厄介者だ。根暗で陰気で何事も否定から入るくだらない人間である。関わった人間は皆不幸になった。魔痕持ちを輩出したことで父は家名に傷がつくことを恐れて生きなければならなかった。母も娘が凶兆を持って生まれ父と私で板挟みとなり苦しんだことだろう。
亜人同盟だって私がいなければここまで躍起になって聖騎士に狙われることもなかったかもしれない。
だから、ヴェルゼリア・コンスタンサは死んだ方が良い人間なのだ。
「う……」
気づけば膝を抱えながら震え、瞳からは熱いものが流れている。
帝都でのデート、鉱山町での共闘、旅館みたいなアジトでの日常、皆の笑顔。私にはもったいないくらいの日々だった。死ぬ前に良い思いでの一つや二つ得られて本当に良かった、良かった。
きっと皆は森から無事に逃げおおせたはず。私がいなくなっても元通りの日常に戻るだけだろう。
悪しき魔痕の女は処刑され帝国はひと安心、めでたしめでたし。未来の絵本が作られればそう記されるのだ。
またどれだけの時間が経っただろう。牢の外から、再び足音が近づく。
入ってきたのは、妹のティアラ。黒色の手入れの行き届いた髪を優雅に束ね、華やかなドレスを纏った彼女。