クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
「由亜!」

 彼は、向こうに大きく手を振っている。振り向くと、真霜が守衛さんにへこへこと頭を下げていた。

「廉士くん!」

 彼女は目を瞬かせながらこちらへ駆けてくる。
 私は姿勢を正し、ほんわかとしたかわいらしいカップルに声を掛けた。ふたりの邪魔はしたくない。

「真霜さん、ラーメンはまた今度にしよう。結木くん、今日は本当にありがとう。素敵な夜を」

 私はにこっと微笑むとふたりに背を向け、すっかり人のいなくなった深夜の街へと歩き出す。

(私の恋は叶わない。でも、大丈夫。今の私には、モデル店舗の店長という任務があるんだから)

 明日から、我が店舗はモデル店舗として始動する。結果を出さなくてはならないのは、これからだ。

(本部への夢を実現するための第一歩。恋なんてしてる場合じゃないでしょう)

 自分の提案を後押ししてくれた、智田SVのために。売場改変に尽力してくれた皆のためにも、どうにかこのモデル店舗を成功させたい。
 プレブロの新しい形として、家族でのお買い物を楽しんでもらえる売場にしたい。幼い頃、私が母に服を買ってもらったあの日のように――。

 私はかつての自分の体験を胸に、自分の提案が全国のお客様の素敵な体験につながりますようにと願い込める。

 静かに鳴く夏の夜の虫たちの声を聞きながら、私は家路を闊歩した。
 まさか、先ほどの結木くんとのやりとりを智田SVに見られていたなんて、つゆほども知らずに。

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