クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
 彼はあの日のように、顔を真っ赤にしていた。紅潮した頬は目元まで赤く染め、その瞳には困惑の色が浮かんでいる。
 それを見ていると、心の中にあの言葉がむくむくと湧き上がってくる。

(どうしよう、かわいい……)

 だが、それを言葉にしてはダメだ。黙ったままでいると、彼は自分を責めるように大きなため息をこぼした。

「すまない、不動店長。俺はいったい、なにをしていたんだろうな」

 彼は過ちを悔い、落ち込んでいるように見える。私はなにか言わなくてはと、口を開いた。

「いえ、あの、かわいいので大丈夫です」

 すると、彼ははっと顔を上げる。その顔はもう赤らんではおらず、困惑だけが残っている。

「かわいい……?」

 彼の言葉に、慌てて口元を押さえた。
 頭から、血の気が引いてゆく。

(私、なんてことを――)

 絶対に口にしてはいけない言葉。脳裏に、失恋したあの日々が急に蘇る。

「ごめんなさい、他意はないです」

 私は慌ててそう言うと、ドアを振り返りドアノブに手をかけた。

 彼に嫌われてしまうのが怖い。彼が私の発言で傷つく顔を見たくない。

 急いでドアを開くと、後ろからなにかが伸びてきた。傘の柄の部分だ。

「使ってくれ」

 どうやら、彼がこちらに向けてくれたらしい。

「すみません、失礼します」

 私は振り向きもせずに傘を受け取り、彼の部屋から早足で立ち去った。

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