クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
 トクトク、トクトク。甘い音を立て続ける心臓は、久々の恋のはじまりを期待するよう。
 私は近づいてくるそれに応えようと、そっと目を瞑った。

「う……っ!」

 彼のうめき声と、ドンっという鈍い音が聞こえたのはほぼ同時だった。

 思わず目を開ける。目の前にいたはずの彼が、いなくなっていた。

 慌てて見回し、彼を見つけ目をしばたたく。
 こちらを仰ぐように座り込んだ智田SVが、目をぎゅっと瞑り床に手をついていたのだ。

(もしかして、滑ったの?)

 玄関の大理石風の黒い三和土に目をやると、智田SVの靴の轍を残すように水に濡れている。
 彼はすぐに体を起こしたが、後頭部に手を当て俯いてしまった。

「大丈夫ですか? もしかして、どこか打ったりとか――」
「いや、それに関しては大丈夫だ」

 彼は私の言葉にそう返すものの、顔を上げてはくれない。心配になり、私も屈みこむ。すると、彼が目だけでちらりとこちらを見た。

 どくり。心臓がひときわ大きく高鳴ったのは、久しぶりの彼のあの顔を見てしまったからだ。

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