「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~

【3】フォビダンストーン(4)

 その日の午後、ジャスミンが学校から帰ってくると階段の上からリリーが手招きした。

「二人とも、ちょっと来て」

 アイリスとジャスミンは、いつもリリーがお茶を飲んだり編み物をしたりする夫人室ではなく、その奥の、書き物などをする時に使っている小さな部屋に案内された。
 娘であるアイリスやジャスミンもあまり足を踏み入れたことがない部屋だ。

 ドアを閉めるとリリーが聞いた。

「ブラックウッド王国に伝わる三つの神器について、知ってる?」
「オラクルストーン、オブシディアンベイスン、フォビダンストーンの三つだわ!」

 元気よく答えたのはジャスミンだ。

「その通り。オラクルストーンは、知っての通り、王家が所有している誓約の石ね。聖殿の中庭、神木ブラックウッドの根元に置いてあることは有名ね」
「私たちの国、ブラックウッド王国の基礎になっている石よね」
「そう。そして、これがオブシディアンベイスン。別名『聖水の泉』よ」

 リリーが背後に置いてある黒い水盆を手で示した。

「この水盆は、私の一族、スクワイア家に代々伝わるものなの。私がただのリリー・ブライトンじゃなくて、リリー・スクワイア・ブライトンと呼ばれるのは、この水盆を持っているからなの」

 アイリスとジャスミンは黒い水盆に顔を近づけた。
 透明感のある黒い石でできた水盆で、大きさは晩餐会で使う一番大きなスープ皿よりも一回り大きい。高さはティーカップほど。完全な円形をしている。

 水盆の縁にはギリギリまで水が張ってあった。

「これ、零れないの?」

 ジャスミンが聞いた。
 中央あたりから滾々と水が湧き出ている。まさに「泉」と呼びたくなるが、湧き出た水はなみなみと水盆を満たしながら、まったく溢れる様子がない。

 ジャスミンと二人、無言で見入った。
 神器と言われるだけあって、不思議な水盆だ。

「湧き出ているのは聖水よ。全ての穢れを浄化する力があるの」
「本物なの?」
「もちろん、本物よ」

 ジャスミンの問いにリリーが笑う。
 アイリスは聞いた。

「全ての穢れを浄化するって、例えば?」
「そうね。簡単に言うと、この聖水を身に着けていれば、邪な力から逃れることができるわ」
「邪な力?」
「ちょっと説明が難しいけど……」

 うーん、と宙を睨むリリーにジャスミンが聞く。

「どうやって使うの?」
「それなら、簡単よ。持ち歩くだけだから。こうやって掬って小瓶に詰めたものを、グレアムやレイモンドやハリエットに渡してあるわ。ギルバートにも。みんなどこかに仕舞い込んでるみたいで、あんまり役に立ってなかったんだけど」
「私、持っていないわ」
「私も」

 ジャスミンとアイリスが顔を上げる。

「あなたたちには必要ないもの。聖水の女神の血を引く乙女は、もともと聖水が身体の中に流れているの。わざわざ持ち歩かなくても、悪いものの影響を受けることはないわ」
「でも、この小瓶、私も欲しいな」

 金の蓋と楕円形の飾りがついた透明な小瓶をジャスミンが手に取る。

「この飾り、スクワイア家の紋章ね。女神さまも彫ってある。いいなあ。お母様、この前、私にもくださるって言ったわよね」
「もちろん、あげるわよ」
「わあい。でも、どうしてこんなにたくさんあるの?」

 テーブルの上には木箱が二つ置いてあり、中には小瓶がぎっしり詰まっている。
 百や二百は余裕でありそうだ。

「みんなに配ろうと思うの。まずは、私のお友だちから」
「急に、どうして?」

 アイリスも疑問に思い、リリーの顔を見る。
 リリーが聞いた。

「神器のうちの三つ目は何かわかる?」
「フォビダンストーン……。失われた禁忌の石?」

 アイリスが答え、リリーが頷く。

「別名『白の魔石』。世界中で使用が禁じられている悪魔の石ね。持っているだけでも罪になる石よ。使ったことがわかれば、世界会議にかけられる」
「でも、いつからか、どこかにいってしまって、今も所在がわからないんじゃなかった?」
「そう。いつ、どこでなくなったのかもわからない。姿を消して数十年とも数百年とも言われてる。そもそも、どこの誰が、どうやって管理していたかもわからないの」

「なんだか、ずいぶん杜撰なのね」

 ジャスミンが苦笑する。
 リリーは真顔で言った。

「あの石の性質を考えれば、仕方のないことかもしれないわ」
「どういうこと?」

「フォビダンストーンは人の記憶を操るの」
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