「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~

【6】次期王太后、捨てたはずの次期王妃を迎えに来る(3)

 二月下旬に行われた第二の祭祀は、リリーの友人たちが心配した通り――あるいは期待した通り、一回目以上に悲惨なものになった。
 
 人数が大幅に増え、広間の中は人でごった返していた。
 席がなくて怒り出す大貴族やなぜ呼ばれたのか理解していない様子の下級貴族たちが、ろくな案内も受けずに右往左往している。

 飾りつけは中途半端。
 おざなりに飾られた花はすでに枯れかけ、適当に並べられた椅子は不揃いで数も足りない。

 極め付けはぼうっと突っ立ったまま、何をすればいいのか全く理解していない様子のノーイックだ。

 参列者たちは自分の居場所も定まらないまま、近くにある椅子に我先にと座り、今がどういう状況なのかも掴めない中、とにかく一通りの儀式が終わるのをひたすら待っていた。

 大司教ダレル・マクニールは怒りに満ちた顔でノーイックを睨んでいた。
 何もしようとしないノーイックに低い声で「祭壇に進んで」「一礼して」などといちいち指示を出し始める。「花を祭壇へ」と囁いて、ノーイックが慌てて花を置くと「向きが逆!」と思わず声を高めてキレていた。

 第一の祭祀では、ノーイックの失態を笑う者が多かったが、今回は笑いさえ起きない。参列者の顔には呆れと怒りと失望が浮かんでいる。

「あれが王になって、本当に大丈夫なのか」

 口に出せない問いがあちこちから聞こえてきそうだった。

 ディアドラは必死にレティキュールの上から手で何かを擦っている。ぶつぶつと口の中で呪文のようなものを唱えながら。
 けれど、周囲には何の変化も起こらない。

 苛立ちに満ちた冷たい視線がノーイックに注がれる。その圧の重さに、ノーイックは完全に我を失った。

 祭壇に捧げるべき葡萄酒が手から滑り落ち、カーペットに赤黒いシミを作る。
 グラスを片付けに来る女官も葡萄酒を拭きに来る下級メイドもいない。

 しんと静まり返った会場内で、慌てたノーイックは自分のマントで床の汚れを隠そうとした。
 そのはずみにマントの裾を踏み、祭壇側につのめるように倒れる。

 祭壇から雪崩のごとく供物が落ちり落ちてくる。丸い果実がいくつも床を転がってゆく。

 その一部始終を参列者たちは冷ややかに眺めていた。
 汚物を見るような目で顔を歪める大貴族たち。
 下級貴族や従者たちは珍しい見世物でも見るように首を伸ばし、前後左右に頭を動かして祭壇のほうを覗き込む。

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたノーイックがディアドラとヒルダを振り返った。

「なんで、こうなるんだよ!」

 青くなるディアドラの隣で、どこか他人事のような顔でヒルダがへらへら笑っていた。

 癇癪を起こしたノーイックはわけのわからないことを喚きだし、逃げるように会場から消えてしまう。
 開いたままの大扉を、全員がぽかんと見ているしかなかった。

 ようやく届いた新しい葡萄酒をマクニール大司教が祭壇に捧げ、無理やり終わりを伝えたのだが、そのような状況なので、祭祀はほとんど行われなかったようなものだ。

「想像以上にすごかったわね」

 屋敷に戻る馬車の中でリリーが鼻から息を吐いた。
 ジャスミンが眉間を寄せる。

「前代未聞て、こういうことを言うんでしょうね」
「さすがにみんな引いてましたねぇ」

 レイモンドもため息交じりに言った。

 祭祀から数日たっても、リリーやジャスミンは繰り返しノーイックの哀れな姿について語り合っていた。

「あんな大恥をかいてしまって、王としての威厳が保てるのかしら」
「ディアドラが本当に例の石を持っているなら、その力で周りを胡麻化すくらいのことはできるでしょうけど……」
「お母様の小瓶をみんなが持つようになると、それも難しいんでしょう?」
「そもそも、周囲の人の記憶だけ改竄しても、どうにもならないわよ」

 王は国を治めるのだ。
 半径数メートルの人の評価など何の足しにもならない。

 聖水が入った小瓶は夫人たちの手から、彼女たちの夫や子どもたちの手にも渡っている。
 その友人たちや、さらにその家族にも。

 王宮で働く人々の中にも小瓶を持ち歩く人が増えている。
 第二宮殿の中でも魔石は力は弱まっているはずだ。聖水の効果は近くにいる人間にも及ぶ。

 祭祀から一週間ほどたったころ、ハリエットが王宮第二宮殿の様子を見に行くことになった。
 ハリエット付きの筆頭女官だった人が助けを求めてきたからだ。
 ありとあらゆる仕事が停滞し、身動きが取れなくなっているらしい。

 ひそかに第二宮殿を訪れた帰り道、ハリエットはブライトン家に立ち寄った。

「アイリスも心配でしょうから」

 第二宮殿の惨状を心配するアイリスに状況を伝えるためだった。
 もう心配する立場ではないし、心配する義理もないのだが、誰かが困っているのではないかと思うと、やはり気になっていた。ハリエットの配慮には感謝するばかりだ。

 ジャスミンは今日も学校に行っていて、リリーと三人で夫人室のテーブルを囲んだ。
 お茶を口に運びながら、ハリエットが簡単にその日の出来事を話してくれた。

「たまっていた婦人たちからの陳情は、取りまとめてヘーゼルダインに回しておきました。婚儀を控えた令嬢たちや、夫の昇進が決まったご夫人方へのお祝いの手紙は残してあります」

 アイリスは撫でおろした。陳情が滞るのが一番心配だったのだ。
 手紙に関しては、あえて残したのだろうか。王の崩御という不幸があったばかりなので、慶事を寿ぐものは時期を遅らせることが多い。

 ただ、第五の祭祀が終わってしまうとハリエットが手紙を書くことはなくなる。
 ヒルダが妃になればヒルダが書くし、立場としては、王太后になるディアドラが書いてもいいのだが……。
 どちらが書くにしても、はたしてまともな手紙が書けるのかどうか、はなはだ疑問である。

(せっかくのお祝い事なのに……)

 王妃や王太子妃から心のこもった手紙を受け取ることは、大きな歓びになると聞いた。
 まともな手紙がもらえないなんて、なんだか気の毒な気だ。
 
「陛下が亡くなって、今は晩餐会もお茶会もないのに、ディアドラは陳情の取りまとめ一つしてなかったの?」

 リリーが呆れたように肩を竦めた。

「女官もほとんど残っていませんし、命じる相手がいないとなると、ディアドラには何もできませんよ。あの人はただ命じるだけで、仕事のことなど、何一つ理解していないのですから」
「あの、ヒルダとかいう娘は?」
「論外です」
「それじゃあ……」

 リリーの眉間に皺が寄る。

「第三の祭祀は、もっとひどいことになるのかしら」
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