「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~

【8】そもそもなぜこんなに複雑な祭祀が必要なのか(4)

 三月下旬、国王崩御から九十日目、第三の祭祀が執り行われることとなった。

 王宮前広場の最も奥、第二宮殿に近い一画に祭祀用の仮殿が建てられ祭壇が設置される。
 大きな半円を描く水路で囲まれたその一画は、普段から神木の写しであるブラックウッドが植えられ、その根元には同じく『オラクルストーン』の写しが置かれている。
 広く一般の人々が訪れて祈りを捧げることができる仮の神域となっていた。

 第三の祭祀から第五の祭祀までは十日間と短い期間の中で行われる。

 短期間で取り壊すため、仮殿の造りは簡素なものだ。
 柱と屋根があるのは祭壇前のわずかな範囲だけで、それ以外の場所には元々の白い石畳の上に深い緑色のカーペットが敷かれている。
 カーペットの上には祭壇に向かって何列も椅子が並べられていた。

 第三の祭祀当日は幸いにも天候にも恵まれ、諸外国の王侯をはじめとした賓客がその椅子に粛々と腰を下ろしていった。国内の貴族がそれに続く。

 裏ではハリエットとアイリスも手を貸したため、皆、しかるべき席に正しい並び順で座り、全体的に落ち着きのある厳かな状態で第三の祭祀は始まった。

 ヘーゼルダインが仕切ったのでなければ、こうはいかなかっただろう。
 ディアドラとノーイックにこれらの準備を整えることができたとは思えない。

 半円を描く水路の外側にも広場は続いている。
 祭祀の間は水路より内側には入れないものの、外側からなら一般市民も祭祀の様子を見ることができた。

 水路の前には一定の間隔を空けて兵士が立っているため、それよりやや遠巻きに人が集まっている。
 ちゃんと祭祀を見物できるのは最前列の人だけだろうが、それでも、この場にいることに意味があると考えるのか、かなり後方まで人の波が続いていた。

 アイリスは国内貴族が座る椅子の最前列に家族とともに座っていた。

「ハリエット様もギルバートも、本当にこちらのお席でよかったのですか」

 第二の祭祀までが亡き王を偲ぶ色彩が強いのに対し、第三の祭祀から後は、新王の存在を世に知らしめる目的が強くなる。
 実際に新王が即位するのは百日目の祭祀の後なので、それまでは前王の王妃だったハリエットや第二王子であるギルバートは王族と見なされる。
 二人はまだ、祭壇のある壇上に席にいてもいいのだ。

「あの三人と並んで座るのは、まっぴらですからね」
「第二の祭祀でも臣下として扱われたんだから、僕もここで充分だ」

 ハリエットの隣でギルバートも気楽に笑っている。

 今後、身分を失うことになっているハリエットと、臣下としてリンドグレーン公爵を名乗る予定のギルバートなので、第三の祭祀まで来ると、この席にいるのも間違いではなくなる。

 ギルバートの隣には数人のリンドグレーン公爵とその家族が筆頭貴族として顔を揃えている。
 後ろには身分に応じた並び順で、二百人ほどの貴族が座っていた。
 アイリスたちより前にいるのは各国の王族たちだ。

『あれが、クリスティアン・ヘーゼルダインか』
『確かに若いな』

 他国の王族がひそかに噂し合っている。
 人々が見ているのは、祭壇の真下に直立不動で立っている背の高い黒髪の男だ。

『なかなかの男前ね』
『独身かしら』

 おそらく周りの者にはわからないだろうと、安心して母国の言葉で話している。
 真後ろの席で会話を聞いていたハリエットとアイリスは、思わず目を見合わせてしまった。
 外国語の知識があるのも、時として気まずいものがある。

 壇上の正面に座るディアドラの晴れがましい顔が目に入った。
 ノーイックも得意げに胸を張っている。
 ヒルダは相変わらず落ち着きがない。きょろきょろと視線をさまよわせては、へらへら笑っている。

 下品なほど派手な衣装を身に着けた三人は、正面に座っていながら意外と人の目を引いていない。
 なんだか不思議だ。

 祭祀は滞りなく進んだ。
 ノーイックも落ち着いて手順を踏んでいる。遠目にも得意満面な顔が見えるようだった。

「ちゃんとできて、えらいえらい」

 アイリスの隣でジャスミンが茶化した。

 最後にマクニール大司教がこちらを向いて何か言った。
 王国軍が持つ自慢の大型拡声器が設置され、会場内に大司教の声が響き渡る。

『九十九日目の第四の祭祀を四月三日に、百日目の第五の祭祀を四月四日に行います。第四の祭祀にはどなたでも参列できますが、第五の祭祀については王族のみの参列とさせていただきます。まことにおそれいりますが、なにとぞご了承ください』

 続いて、第四の祭祀の日時と場所、第五の祭祀の日時と場所を大司教自らが告げる。

『第四の祭祀は、ここ、王宮前広場で、第五の祭祀は、第二宮殿の奥にある聖殿で行います』

 大司教の話が終わると、レイモンドが「業務連絡じゃないか」とちょっと呆れたように言った。

「大司教に、何を言わせてるんだ?」
「これは、伏線なのよ」

 リリーが得意げに言った。ヘーゼルダインの作戦なのだと。

「百日目の祭祀で新王が即位するまで、ブラックウッド王国の元首は大司教様でしょ? 大司教様のお言葉は国王陛下のお言葉に匹敵するわけ。なるべく、皆さんの前でお話をしてもらって、大司教様の存在感をアピールしておきたいわけ」
「はあ」

 困惑するレイモンドに構わず、リリーはうきうきと説明を続ける。

「そしてね、今日の大司教様のお言葉は、確かにほぼ業務連絡だけど、これは大きな伏線なのよ。九日後の第四の祭祀でお話するお言葉には、爆弾が仕掛けてあるの」

 そう続け、嬉しそうに笑う。

「早く爆発させたいわぁ」

 リリーの向こう側に座ったグレアム卿が優しく目をほそめてリリーを見つめる。
 そして、いかにも愛しそうに言った。

「リリーは本当に性格が悪いなぁ」
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