不幸を呼ぶ男 Case.3

【深夜・都内病院・特別室】

黒川は
ベッドの上で、体を起こしていた
ギプスで固められた左腕を
まるで、他人事のように、見下ろしている
黒川:「……腕が、一本折れたくらいで、大袈裟ですわね」
秘書:「ですが先生……今夜だけは、どうか、こちらでお休みください」
黒川:「……明日の朝一番の、記者会見は?」
黒川:「手配は、できているのでしょうね?」
秘書:「は……はい。手配は、いたしました」
その時
病室のドアが、控えめにノックされた
入ってきたのは、石松刑事だった
石松:「……夜分に、申し訳ありません。黒川先生」
石松は
黒川の、その、あまりに、平然とした様子に
一瞬だけ、言葉を失った
目の前の女は
数時間前に、腕を折られたばかりの
被害者には、到底見えなかった
石松:「まず、先生が、お召しになっていた上着を」
石松:「DNA鑑定のために、お預かりさせていただけますでしょうか」
石松:「それと、今回の事件の経緯を、詳しく…」
黒川は
その、石松の言葉を、遮った
黒川:「……無駄ですわよ、刑事さん」
黒川:「そんなことをしても、証拠など、何も出ません」
黒川:「犯人は、そういうレベルの、人間です」
黒川:「詳しい話は、明日の記者会見が終わってから」
黒川:「……その時に、全て、お話ししますわ」
そして
彼女は、まるで、未来でも予知したかのように
静かに、続けた
黒川:「……それに、犯人は、必ず、また、動きます」
黒川:「次は、もっと、酷いことを、してくるかもしれませんわね」
石松は
この女帝の、底知れない胆力に
ただ、圧倒されていた
石松:「……分かりました」
石松:「しばらくは、私の方で、SPをつけさせていただきます」
石松:「厳戒態勢を、取らせていただきます」
石松:「では、記者会見の後、改めて、詳しく、お話を聞かせてください」
石松は、深々と頭を下げると
病室を、後にした
一人、残された黒川は
窓の外の、夜景を、見つめていた
その瞳には
痛みも、恐怖も、ない
ただ
自分を傷つけた、見えざる敵への
絶対的な、闘争心だけが
静かに、燃え盛っていた。
< 21 / 40 >

この作品をシェア

pagetop