不幸を呼ぶ男 Case.3
【民政党本部・記者会見場】
石松:「この会場を、完全に封鎖しろ!」
石松の、怒号が飛んだ
黒川の、壁になっていた警官たちが
一斉に、動き出す
会場の、全ての出入り口を
固めるために
そして
警官たちの、壁が、なくなった時
そこにいた、全ての人間が
信じられない光景を、目にした
黒川皐月がいた、その場所に
大野勇次郎が
彼女に、覆い被さるようにして
倒れていたのだ
石松:「……この会場にいる人間は、全員、容疑者だ!」
石松:「一歩も、ここから動くな!」
大野の、背中には
まるで、忍者が使うような
奇妙な形をした、クナイのような刃物が
深く、突き刺さっていた
そこから流れた、おびただしい量の血が
彼の、高級なスーツを、赤黒く濡らし
ステージの床にまで、広がっている
黒川:「……大野議員!」
黒川:「大野議員!しっかりなさい!」
黒川の、悲鳴のような声が響く
彼女の秘書が
震える手で、救急車を呼んでいた
石松:「……全員、ここから動くな!」
石松の、その一言で
あれほど、騒がしかった会場は
死んだように、静まり返った
後に残されたのは
無数に焚かれ続ける、ストロボの光と
広がり続ける、血の匂いだけだった。
石松が、ステージの上から、叫んだ
石松:「黒川先生!ご無事ですか!」
黒川:「……ええ。私は、無事よ」
黒川は、呆然と、自分に覆い被さる、大野の体を見つめていた
彼の背中には、クナイが、深く突き刺さっている
周りの警官たちが、叫んでいた
「抜くな!」「いや、抜いた方がいい!」
石松は、その混乱には、目もくれなかった
彼の目は、ステージの下
呆然と、シャッターを切り続ける、記者たちを捉えていた
彼は、ステージから飛び降りると
記者たちに向かって、怒鳴った
石松:「お前たち!あの暗闇の中で、シャッターを切り続けていたな!」
石松:「写真の現像に、どれくらいかかる!」
記者の一人が、答えた
「い、一時間か、二時間は……」
別の、若い記者が、声を上げた
記者:「俺のは、デジカメです!」
記者:「スポーツ用の、連写ができるやつだ!今すぐ、見れます!」
石松:「よし!見せろ!」
石松は、その記者の元へ駆け寄ると
デジカメの液晶画面を、ひったくるように覗き込んだ
彼は、カメラのダイヤルを回し
電気が消えた、あの瞬間の写真まで、戻していく
そこには
信じられない光景が、写っていた
コマ送りで、再生される、真実
電気が消えた、次の瞬間
ステージの隅の暗闇から
大野勇次郎が、猛然と、飛び出してくる
そして
両手を広げ、まるで、弾丸から誰かを守るように
黒川の体を、強く、抱きしめた
その、次のコマ
一本の、黒い筋が、空気を切り裂いている
クナイだ
速すぎて、ただの**黒い「影」**にしか見えない
そして、最後のコマ
黒川を、完全に抱きかばう、大野
その、背中の中心に
黒い影――クナイが、吸い込まれるように、当たっていた
投げた人物は、どこにも、写っていない
石松:「……この角度ということは」
石松:「カメラの位置から、ちょうど、出入り口の、真逆……」
石松は、記者の胸ぐらを掴んだ
石松:「このカメラのデータ、証拠として、預かる!」
ちょうどその時
救急隊員たちが、ステージに駆け上がってきた
彼らは、ぐったりとした、意識のない大野を
ストレッチャーに乗せ
嵐のように、去っていった
石松は
その光景を、ただ、見つめていた
そして
デジカメの画面に写る
あの、ありえない「影」を、もう一度、見た
政治家同士の、暗闘ではない
これは
人間と
人間の形をした、何か得体の知れない「怪物」との
戦いなのだと
彼は、この時
ようやく、理解したのだ。
そして
その、混乱のステージの上で
もう一人
別の、真実にたどり着き
呆然と、立ち尽くしている人間がいた
黒川皐月だった
彼女は
ステージの床に、じっとりと広がる
生々しい、血の海を
ただ、見つめていた
先ほどまで、大野勇次郎が、倒れていた場所だ
黒川:(……私が)
黒川:(私が、意地を張ったから……)
そうだ
速水からの、警告はあった
ナイフと、メッセージカード
「辞退しろ」
それは、明確な、最後通牒だった
だが、私は、それを無視した
自らを「餌」にしてでも
敵を、あぶり出すことを選んだ
黒川:(……これが、その、代償……)
彼女の、卓越した頭脳が
初めて、後悔という感情に、支配された
これは、政治のゲームではなかった
本物の、命のやり取りだったのだ
そして
その、たった一つの、命の駒を
自分は、自らのプライドのために
死地へと、送り出してしまった
黒川の、鉄のようだった闘志に
初めて、揺らぎが、生まれた
彼女の、完璧だったはずの世界に
ひびが、入った瞬間だった。