不幸を呼ぶ男 Case.3
第八章:血と覚悟

第八章:血と覚悟



【都内・救命救急病院】

けたたましいサイレンと共に
一台の救急車が、病院の緊急搬入口に滑り込んだ
ストレッチャーに乗せられた大野勇次郎が
次々と、中へと運び込まれていく
手術室の前の、電光掲示板
『手術中』
その、赤い文字だけが
冷たく、光っていた

【手術室】

「バイタル、低下しています!」
「血圧80!」
緊迫した声が、飛び交う
だが、執刀医の男は、冷静だった
執刀医:「……メス」
彼は、勇次郎の背中に突き刺さっていた
クナイが引き抜かれた後の、傷口を検分する
執刀医:「……急所は、外れている」
執刀医:「内臓にも、達していない」
その言葉に
周りの、若い医師たちに
わずかな、安堵の空気が流れた
執刀医:「だが……」
執刀医:「……意識がないのが、腑に落ちん」
彼は、看護師に、鋭く命じた
執刀医:「血液検査を、急げ」
執刀医:「毒物検査もだ。考えうる、全ての項目を、だ」
そして
彼は、目の前の、傷口の処置へと、集中した
その、手際は、神業のようだった
出血は、完全に止まり
傷口は、完璧に、縫合されていく
だが
勇次郎の、バイタルは
一向に、安定しない
それどころか
心拍数が、異常な数値を叩き出していた
その時だった
検査室から、一人の技師が
血相を変えて、駆け込んできた
その手には、一枚の検査結果の紙
技師:「先生!血液検査の結果、出ました!」
技師:「……毒物、です!」
技師:「検出されたのは……正体不明の、神経毒!」
技師:「……おそらく、即効性と遅効性の、二種類の毒が、同時に…!」
執刀医は、絶句した
そうだ
あの、クナイ
あれは、ただの、物理的な凶器ではなかった
その、刃の先端には
人間の、神経系を、内側から破壊する
見えざる、死の毒が
塗りたくられていたのだ。

​執刀医の額に
玉のような汗が、浮かんでいた
​執刀医:「……なぜだ」
執刀医:「傷は、深くない。急所も外れている」
執刀医:「なのに、なぜ、意識が戻らん!」
​ピッ、ピッ、と
単調な音を立てていたモニターが
突然、けたたましい警告音を鳴らし始める
バイタルが、危険な領域まで低下していた
​執刀医:「……成分を、直ぐに調べろ!」
執刀医:「呼吸器と、心臓を、同時に攻撃する神経毒……」
執刀医:「……なんだ、この毒は…!」
​彼は、今、できる限りの処置を続ける
だが、敵は、見えない
患者の体内で、静かに、確実に
その命を、蝕んでいく
​執刀医は、若い医師に、叫んだ
​執刀医:「外で待機している、警察に報告しろ!」
執刀医:「これは、ただの傷害事件じゃない!」
執刀医:「……『暗殺』だ、と!」
​その報告を聞いた、制服警官が
血相を変えて、石松へと電話をかけた

【民政党本部・記者会見場】

石松の、スマートフォンが鳴った
病院にいる、警官からだった
彼は、大野勇次郎の、絶望的な状況を聞く
​石松:「……毒だと?」
石松:「……そうか。分かった。引き続き、頼む」
​彼は、電話を切ると
ステージの隅で
SPに囲まれ、呆然と座り込んでいた
黒川皐月の元へ、向かった。
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