私ばかりが本気だと思っていたら、完璧上司のほうが重かった件
――それなのになぜ、今こんな展開になっているのだろう。
はた目にはそうと悟らせず煩悶する雅芳のもとに、一人の女子社員がやってくる。
「八代課長〜! すみません、ちょっと今いいですか?」
「どうかしたのか?」
「指示されたグラフの数字がどうしても合わなくて……データを見てもらえないでしょうか」
女子社員が指定するデータを開いた雅芳は、すぐにそのおかしな点を見つけ出した。
「ここの数式が間違ってる」
「ああ! ほんとだ〜! さすが課長、助かりました。ありがとうございます」
少々おっちょこちょいなところのあるその女子社員は、ぴょこんと頭を下げると、パタパタと自席へ戻って行った。
その背中をやれやれと見送った雅芳は、流れるように――ほとんど無意識に、佳穂のほうへと視線を移した。
すると、彼女はサッと頭を動かして自身の手元に目を落とす。
どうやらこちらを窺っていたらしい。
俯いたその横顔はなんでもない表情をしているように見えるが、わずかにその頬が強張っているのを雅芳は見逃さない。
控えめで奥ゆかしい彼女がこんなふうにときどき感情を覗かせる瞬間に、雅芳はいつも惹きつけられてしまう。しかも強烈に。
もっと見たい。その胸の奥に秘められたものをもっと引き出したい。――暴きたい。
そんな衝動にも似た欲求を覚えるのだ。
雅芳の計画では、交際しながら時間をかけて距離を縮め、ゆっくり心のヴェールを取り払い、ありのままの彼女を見せてもらうはずだった。
だが、それを実行に移すには、三ヶ月の交際期間はあまりにも短かった。
デートの回数はさすがに片手を超えているが、キスをしたのはほんの二度。身体の関係には踏み込めてもいない。
深入りする前に手を切られたともとれるが――いいや、と雅芳は首を横に振る。
一緒に出かけるときには丁寧にエスコートしたし、楽しませるように努力もした。傷つけないように優しく接したし、話には誠実に耳を傾けた。
佳穂だって遠慮がちにしつつも受け入れてくれていたではないか。
恋人として不適格の烙印を押されるヘマをしたわけでもなし、関係を深めるのを彼女がためらう理由が見当たらない。
「君は一体なにを考えているんだ……?」
雅芳は誰にも聞こえない小声で呟き、ディスプレイの陰からこっそり佳穂の様子を窺う。
そんなおり、別の部署からやってきた男が彼女のデスクに手をついて話しかける。
あれは確か佳穂の同期の一人だ。
その気安い態度に雅芳は思わず眉をひそめてしまうが、彼女は特に気にする素振りを見せない。
それどころか――男がなにか軽口でも言ったのだろう、気を許しているかのような笑みが彼女の口元に浮かぶのを目にして雅芳は愕然とする。
――まさか。
思いもしなかった可能性に思い至って、雅芳はデスクの上で強く拳を握りしめた。
はた目にはそうと悟らせず煩悶する雅芳のもとに、一人の女子社員がやってくる。
「八代課長〜! すみません、ちょっと今いいですか?」
「どうかしたのか?」
「指示されたグラフの数字がどうしても合わなくて……データを見てもらえないでしょうか」
女子社員が指定するデータを開いた雅芳は、すぐにそのおかしな点を見つけ出した。
「ここの数式が間違ってる」
「ああ! ほんとだ〜! さすが課長、助かりました。ありがとうございます」
少々おっちょこちょいなところのあるその女子社員は、ぴょこんと頭を下げると、パタパタと自席へ戻って行った。
その背中をやれやれと見送った雅芳は、流れるように――ほとんど無意識に、佳穂のほうへと視線を移した。
すると、彼女はサッと頭を動かして自身の手元に目を落とす。
どうやらこちらを窺っていたらしい。
俯いたその横顔はなんでもない表情をしているように見えるが、わずかにその頬が強張っているのを雅芳は見逃さない。
控えめで奥ゆかしい彼女がこんなふうにときどき感情を覗かせる瞬間に、雅芳はいつも惹きつけられてしまう。しかも強烈に。
もっと見たい。その胸の奥に秘められたものをもっと引き出したい。――暴きたい。
そんな衝動にも似た欲求を覚えるのだ。
雅芳の計画では、交際しながら時間をかけて距離を縮め、ゆっくり心のヴェールを取り払い、ありのままの彼女を見せてもらうはずだった。
だが、それを実行に移すには、三ヶ月の交際期間はあまりにも短かった。
デートの回数はさすがに片手を超えているが、キスをしたのはほんの二度。身体の関係には踏み込めてもいない。
深入りする前に手を切られたともとれるが――いいや、と雅芳は首を横に振る。
一緒に出かけるときには丁寧にエスコートしたし、楽しませるように努力もした。傷つけないように優しく接したし、話には誠実に耳を傾けた。
佳穂だって遠慮がちにしつつも受け入れてくれていたではないか。
恋人として不適格の烙印を押されるヘマをしたわけでもなし、関係を深めるのを彼女がためらう理由が見当たらない。
「君は一体なにを考えているんだ……?」
雅芳は誰にも聞こえない小声で呟き、ディスプレイの陰からこっそり佳穂の様子を窺う。
そんなおり、別の部署からやってきた男が彼女のデスクに手をついて話しかける。
あれは確か佳穂の同期の一人だ。
その気安い態度に雅芳は思わず眉をひそめてしまうが、彼女は特に気にする素振りを見せない。
それどころか――男がなにか軽口でも言ったのだろう、気を許しているかのような笑みが彼女の口元に浮かぶのを目にして雅芳は愕然とする。
――まさか。
思いもしなかった可能性に思い至って、雅芳はデスクの上で強く拳を握りしめた。