私ばかりが本気だと思っていたら、完璧上司のほうが重かった件
「恋人がいるって嘘をついて告白を断っていたらしいことも、処世術に長けている感じがしてちょっと……。想いに応えることはできないとしても、勇気を出して気持ちを伝えてくれた人ですよ? 誠実に対応すべきじゃないですか?」
雅芳は反論の余地もなく肯定するほかない。
「……君の言うとおりだ」
「それだけじゃありません」
佳穂は畳み掛ける。
「デートでもいつも穏やかで、そつがなくて……優しくしてもらってるな、とは思いましたけど、きっと今までの彼女さんたちにも同じようにしてきたんだろうな、とか……考えちゃうじゃないですか」
淡々と糾弾していた彼女の声は徐々に震えをこらえるような切実なものに変化していく。
「いや、それは――」
違う。君には特別優しくしていた。
そう言おうとした口の動きは、涙の滲んだ瞳で制された。
今にも泣きだしそうな佳穂の表情に、雅芳は心臓を掴まれたかのように動けなくなる。
「八代課長の本音が見えなくて、苦しかった。私のことが好きだっていう熱量が全然感じられなくて……私ばかり本気になりたくなかったんです。だから別れてほしいんです」
絞り出すように言い切った直後、きらめく涙が滑らかな頬を滑り落ちる。
そんな彼女を目にして、雅芳は胸がずきりと痛むのを感じた。それと同時に、どうしようもないほどの愛しさが込み上げる。
思わず手を伸ばして、その雫を拭う。
そして、さらなる涙が溢れてこないことを確かめ、静かに問いかけた。
「それはつまり、君はまだ、僕のことが好きなんだと思っていいのか……?」
佳穂の首が当たり前のように縦に動く。
「はい。でも、八代課長は、私のこと――」
「好きだよ」
雅芳は素早く断じた。これ以上彼女を不安にさせないように。
「好きだ」
言い含めるように繰り返した雅芳を、佳穂は瞳をまん丸にして見つめていた。
しかし、すぐに我に返ってやるせなく首を横に振る。
「それだけじゃ……分かりません。恋人だったんですから、少しくらい好意があるのは当たり前だと思います。私が知りたいのは――」
「僕が本気かどうか、本音を知りたい。そういうことか?」
雅芳が先んじて尋ねると、佳穂はゆっくりと確かな動きで首肯した。
雅芳は口もとに手を当ててしばし考える。
「本当に、僕の本音を言ってもいいのか?」
「はい。ここで話してくれないなら、課長とは別れます」
そう告げる彼女の瞳には、覚悟の色がある。
それを見てとった雅芳は小さく頷くと、手元のビールを引き寄せて喉を潤した。
そうしながら胸の奥で思い返すのは、佳穂と初めて会ったときのことだ。