私ばかりが本気だと思っていたら、完璧上司のほうが重かった件
「しつこく連絡したうえに、こんなところへ半ば無理やり連れてきてしまってすまない。ただ、困惑しているんだ。どうして君が別れを切り出したのか、理由が分からなくて……」
答えを求めるように佳穂を見るが、彼女はビールのグラスに手をかけたまま唇を引き結んでいる。その顔は相変わらず硬く強ばっていて、こちらの言葉が響いた様子はかけらも見られない。
重苦しい沈黙に耐えかねて、雅芳はまた口を開いた。
「その……別れたい理由を、聞かせてほしい。自慢じゃないが、女性に振られるという経験自体が初めてで……いや、これは言わなくていいことだったな。とにかく、なにも分からないままだと話し合うこともできないだろう? つまり……そう、とても、困っている」
そこで佳穂の表情がぴくりと動く。感情の露出としては控えめなものだったが、なにかしらの反応を引き出せたことに雅芳は希望を見いだしかける。が、ひそめるように動いた眉は明らかに不快感をにじませていて、雅芳はさらに焦りを募らせた。
おそらく自分の言動のなにかが彼女の地雷を踏んだのだろう。しかし、一体なにが?
それとも、察しの悪い恋人に呆れているのだろうか?
追い詰められた雅芳は一つだけ思いついていた可能性をおそるおそる口にした。
「もしかして……ほかに好きな男ができたのか? そういうことなら、正直に教えてほしい」
プライドもかなぐり捨てた雅芳が項垂れてそう言うと、しばらくして深い深いため息が耳に届いた。次いで、呆れたような声が淡々と響く。
「本当に、分からないんですか」
雅芳がハッと顔を上げると同時に、佳穂がぐいっとビールを呷る。そして、彼女らしからぬ荒っぽい動作でグラスを置いた。
「例えば、今みたいなことです」
「今?」
「女性に振られるのが初めて、とか」
確かにそれは配慮のない発言だった。余裕を失うあまり思わず口を滑らせてしまったのだ。
しかし、そんな無神経なことを彼女に言ったのは先ほどが初めてのはずで、別れを切り出した理由とは関係がないように思える。
頭の中に疑問符を浮かべる雅芳を置き去りにして彼女は続ける。
「付き合うことになったときもそうでした。私ばかりが想いを白状させられて、まるで駆け引き、みたいに……」
「駆け引きみたいでいやだったのか?」
雅芳が安直に問いかけると、佳穂は酔いが回ってきたのか少し赤らんだ顔でキッと眼差しを鋭くした。
「課長が手慣れてるのが分かっていやだったんです!」
それから感情的になりすぎたと思ったらしく、一度深呼吸する。
「……すごく、いやでした」
しみじみと言い直された言葉が雅芳の胸にぐさりと刺さる。
彼女は再びビールを呷ると、テーブルの上に視線を落とし、淡々と語りだした。