冥王の寵妃 〜冤罪追放された元聖女、冥界の主に偏愛される〜

エピローグ


 閃光が走る。
 冥宮の大回廊、冥王の間から繋がる広大なその空間で、ふたつの影が互いに接近し、交錯する。いずれの腕からも眩い光が放たれている。
 そのうちのひとつは壁に逸れたが、もうひとつは相手の腕を掠めた。

 「……痛ったあ。ひ、酷いじゃないか。なにするんだよお」
 「うるさい! 黙って討たれろ!」

 情けなさそうに投げられた苦情を、その娘はまったく聞く気もないようだった。疾走しながら前を走る男の背に次々と光の弾丸を放ってゆく。

 娘の全身を包む白銀の鋼は、鎧とは違うようだ。いくつかの箇所が小さく明滅している。彼女の虹色の髪をとおり耳から目を覆っているのは、半透明の片眼鏡のようなもの。なにかの文字や数字が忙しなく現れては消えている。
 腕に持つのは、金属の武器。光の弾丸はその先端から射出されているのだ。

 「だ、だから、話せばわかるっていってんじゃん!」

 そう言って腕を振り上げたのは薄青の長髪を後ろで結んだ、黒いローブの若い男。指先から輪のような光が放たれ、相手の娘のほうへ向かった。拘束魔術だ。
 が、娘は即座にそれを躱し、踏み切って彼の元へ跳んだ。おもいきり足を振り上げ、蹴り付ける。

 「ぎゃあ」
 「この、ど変態! お風呂のぞきやがって! あたしが王軍の冥王守護隊長に就任したからって何してもいいとか思ってんじゃないぞこの!」
 「ち、ちが、僕は、君のこと、もう三百年もずっと待ってて、やっと見つけて、嬉しくて……」
 「つくならもっとマシな嘘つきやがれってんだ!」

 再び放たれた光の弾丸を避けつつ、男は全力で逃走しながら叫んだ。

 「ほ、ほほ、ほんとだって! 父たる冥神イーヴェダルト、母たる地母神サナの名に誓って……ふぎゃ」

 悲鳴は、弾丸が尻に命中したことによるものだ。
 ぽっと炎が上がる腰をばんばんと叩きながら、冥王ルーフェスは五百年もまえ、幼い頃に父から教わった言葉を思い出していた。

 女は、怖いぞ。

 <了>


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