捨てられ仮面令嬢の純真
王都を進発した部隊はレオに率いられ国境の砦に急行した。なんといっても敵はすでに現れている。元からいた警備隊がけん制してはいるが、一触即発の危機にあるのだった。
ただ――実はビルウェン側も中央からの増援を待っている。陰謀を承知のマティアスは、レオのことをあまり心配していなかった。
マティアスは王都でさりげなく着々と国王夫妻の評判を落としていった。成り替わりの日にそなえているのだ。
特に嘘はつかなくても、リュシアンが政務を丸投げしてくることを愚痴るだけでいい。貴族なんてものは噂好きだ。勝手に尾ひれをつけてくれる。それと同時に、国王の尻ぬぐいをするラヴォー公爵家の味方は増えていった。
宰相。補佐官マティアス。軍指揮官レオ。今のマルロワで重責を担う人間全員がラヴォー家の者だった。
「いやあ、うちの弟はさすがだね」
マティアスはほくそ笑む。
レオは、横暴なリュシアンに婚約破棄されたセレスを受け入れた上、相思相愛の夫婦仲を築き上げた。さらに今は、国のため前線へ出て指揮をとっている。貴族たちも公言はしないが、レオの人望は高まっていた。
そして戦争の噂を聞きつけた市民の中でもレオの人気は爆上がりだった。
元々が気さくに市中で民とふれあっていたこともあり、「騎士団のレオさん」が実は公爵家のお坊ちゃんで今は男爵だったことには驚きの声があったらしい。レオは身分を誇るようなことはしてこなかったから。
「パン屋のおかみさんが、すごくバツの悪い顔をしていて」
ふふ、と笑ったのはセレスだ。ここは例の劇場がある広場だった。
今日は寒さ厳しい町に出て、凍えそうな人々に炊き出しを行っている。セレスは列に並ぶ人に声をかけ、生活の相談に乗るのが役目だった。相変わらず王都では食料不足気味の日々が続いていて、貧しい者の中には冬の寒さで倒れる人々もいるという。
炊き出し資材の調達や調理に関しての協力・協賛はマティアスが買って出てくれた。政務に忙しいはずの義兄なのに当日には本人まで足を運ぶ熱の入れようで、セレスは恐縮することしきりだ。あらかた終了した今、二人で立ち話をしているところ。
「パン屋さん、いつもレオさまの背中を叩いて笑うような人なんですけど……」
「もしかして『セレスちゃん』と呼んだという人かな?」
マティアスが言い出してセレスは赤面した。
「レオさまったら、そんなことまでお義兄さまに話しているのですか」
「知らないのかい? あいつは妻の自慢ばかりするんだよ」
セレスはますます真っ赤になってしまう。そして思い出した。この義兄が自分たち夫婦の恩人なのだと。