捨てられ仮面令嬢の純真
(冷静沈着な人だと思っていたけど、こんな顔もなさるのね)
どこか他人事のように考えている自分がおかしいのに、セレスの涙はまたあふれる。
――リュシアンを愛してなどいなかった。
だけど捨てられたという事実がたまらなく心をえぐる。これまでの人生を否定されたように感じて死にたくなった。
「――やはりそうだったのか」
レオのつぶやきで死から引き戻された。
やや低まったレオの声は怒っているようにも聞こえる。口調も変わり、馬鹿丁寧さが取れていた。
「妹御まで呼んでどうしたのかと思えば――なんてひどいことを。それは倒れて泣いても仕方ない」
いたわしげにセレスを見る焦げ茶の目には不思議な色があった。あたたかいけど、揺れている。
「殿下は父君が成した約束を反故になさるんだな」
「いいんです。私は」
「何もよくないだろう。あなたの誇りを踏みにじったんだ」
「――でも私、王妃になどなりたくありませんでしたから」
セレスは可能なかぎりきっぱりと言い切った。
本人の意思に関わらず決められた婚約ではあるが、臣下からくつがえすわけにはいかない。だからセレスは唯々諾々と従っていた。リュシアンの視線におびえながら努力した。愛されなくても、妃の立場にだけはふさわしくあろうとして。
だけどもういいのだった。
リュシアンの隣で貴族たちからうやうやしく礼をされることは金輪際ない。異国の使者を迎えるパーティーに出る必要もないし、商人からの陳情書だってリュシアンの代わりに目を通さなくていいのだった。
考えたらホッとして、セレスは微笑んだ。
「もう殿下のために何もしなくて済むのですもの」
「あなたは――」
リュシアンを愛してなどいなかった、と言外に告げるセレスにレオは絶句した。長椅子にもたれるように座るセレスの前に片膝をつく。そんな姿勢を取らないでほしいというセレスの手ぶりにかまわず、レオは貴婦人への礼を尽くした。
「元王太子妃候補へ申し上げる。義務に立ち向かうあなたの姿勢は素晴らしかった。皆、あなたを妃にふさわしいと考えていたはずだ。これからは――心おだやかな時間があるように願う」
真っ直ぐに称賛し、ねぎらう言葉。
レオのまなざしに包まれながら、セレスはもういちど泣いた。