捨てられ仮面令嬢の純真
少し離れていく二人を気にしつつ、セレスはキリ、と顔を上げた。馴染んだ市場の人々に言わなくてはならないことがある。
「私、ここにはあまり来られなくなりそうなんです。だから皆さんにご挨拶をと」
微笑むセレスに皆は驚きの目を向けた。秋から冬の厳しい時期、懸命に民を助けて回っていたセレスがそんな宣言をするなんて。
「えええ。そりゃ残念だね……レオさんの領地にでも行くのかい?」
「あ、そうか! おめでただろ!」
「おお!」
誰かが叫んだ推測で人の輪が沸く。セレスは思わずレオと顔を見合わせた。二人とも顔がほんのり赤くなる。
「そ、そういうわけではないが」
「あらやだレオさんたら照れちゃって」
「そんな報せも待ってるからね」
「そうだよ、おまえさんたちの子ならきっと可愛いさ!」
二人の子――それはいずれ、王たらんとする者。
その子が市場の片隅で誕生を望まれるなんて。生まれたら、ぜひ聞かせてやらねばなるまい。そしてその期待に応えられるよう育ってほしい。
幸せな未来があることを願い、涙をこらえたセレスは微笑んだ。
「皆さま、本当にありがとう――」
みずからを押し殺して王宮にいた、「傷もの」の王太子婚約者セレス。
それが自分を見つめ直し、ありのままでいることを選べたのはレオに愛されたから。そして市井の人々に受け入れられたから。
この町で生まれ変わり、セレスはふたたび王宮に戻るのだ。王妃となるために。
「――奥さまぁ!」
にこにこ顔でコラリーが戻ってきた。これは良い展開が――と期待したレオだが、後ろのウスターシュは微妙な顔をしている。
「あのですね、ウスターシュさんのお兄さんの奥さまが侍女を探してるんですって。だから私、そちらの面接を受けさせてもらいます!」
「まあコラリー、よかったじゃない」
セレスはとりあえず喜んだ。ウスターシュはレオに何か耳打ちしている。冴えない顔なのは、玉砕なのかなんなのか。
「ああこれで少し気が楽になりましたよー。ウスターシュさんありがとう!」
「お、おう。じゃあ話を通しておくからさ。任せとけ」
トン、と胸を叩いてみせるウスターシュへのレオの視線が痛々しくて、セレスはちょっとオロオロした。