捨てられ仮面令嬢の純真
レオからの誓いの口づけは、唇にとても近いけれど頬――しかも仮面へなされた。
見ていた人々にはわからなかったろう。でもセレスは動揺していた。事前に「夫婦になるから」と口づけは許していたはずなのに。
式を終え、祝福されつつ教会を出たセレスとレオはそのまま新居へ向かう。大勢でのパーティーなどはせず、花嫁と花婿だけで静かに祝おうとレオが提案してくれたのだった。
婚礼衣装のまま馬車に揺られながら、セレスは口ごもった。だって聞きにくい。「何故、口づけなかったのです」などと。
だがセレスの様子でレオは察してくれたらしい。ポリポリと頬をかきながら白状された。
「――セレスティーヌが怖がっているように見えて。ためらってしまった」
「レオさま……」
レオの方から苦笑まじりに言われると、やや気が楽になった。セレスはほんのり微笑んで訴える。
「あれは……ヴェールを取ったからなんです。マスクがご出席の皆さまへ向いていたので」
「そんなことだったのか……ああいや、セレスティーヌにとっては一大事だな。気づかなくて悪かった」
「私こそ申し訳ありません。人目にさらされたと思ったら、ふと不安になって」
セレスは夫となったレオの気配りに驚く。レオは今、「セレスティーヌにとっては」と言ったのだ。
親や婚約者に従わされてばかりだったセレスにとって、自分の意見を気に留めてもらうのすら稀なこと。
(レオさまは、私をひとりの人として扱ってくれるのね……)
それだけのことに鼓動が速くなる。嬉しくて思わず笑みをこぼしたセレスの視界の端で、レオの手が動いた。そっと伸ばされた手が仮面の前でとまる。
「セレスティーヌは……仮面をつけていても美しいと俺は思う」
「レオさま」
「ふれてもいいか。外したりはしない」
「そんな。式の時も手を添えたじゃありませんか」
「そうだった」
レオが笑ってくれて、セレスの胸はもっとあたたかくなった。
そうっとセレスの頬をなぞる指先にジンとした。大切なものを守るように、右頬を仮面の上から包まれる。レオは真剣なまなざしだった。
「どんな傷跡があるか知らないが、それはセレスティーヌが王家に忠実だったという証だろう。恥じることなどない。こんなに勇敢な人を妻にすることができて、俺は幸運だ」
その考え方は、とても騎士らしい。女性へのほめ言葉として適切なのかは疑問だが――セレスにとっては大きな救いとなった。