捨てられ仮面令嬢の純真

 追憶に微笑むセレスの顔を見てアネットは即決し提案した。「ではタルトを焼きましょう!」と。
 ダニエルがレオを焚きつけているのと同様に、アネットもセレスを後押ししなくてはならないと息巻いている。

「奥さまが、旦那さまのことを理解しようとなさるなら協力いたしますとも」
「それは……レオさまを支えるのが私のつとめですものね」

 セレスの言い方は表面的だった。でもかまわないとアネットは思う。政略で結婚したばかりなのだから。すべてはこれからだ。

 ボウルの前に立たされたセレスは砂糖と卵をかき混ぜる。溶かしバター、小麦粉も加えてサックリまとめ、タルト型へ。オーブンに突っ込む。

「あ……もういい匂いが」
「火は料理長に任せてよろしいですよ」

 材料の分量も火加減も、難しいことは料理長が黙々とやってくれていた。セレスのような素人が手を出せることは限られている。それでもレオのためにセレスが頑張ったという点が重要なのだ。

「レモンの皮をおろして下さいますか?」
「皮を……? ふふ、気をつけないと指までおろしてしまいそう」

 セレスは初めての作業に楽しげだ。
 結婚以来ずっと所在なかったのは、何をすればいいかわからなかったせいかもしれない。王妃という仕事に就くため努力するのが日常だったから。何もしなくてよくなると、ぽっかり虚ろになってしまった。
 ほろ苦いレモンの皮の香り。
 次に果汁を搾ってみたら、ピッと顔まで飛び散って仮面が汚れた。でも気にならない。
 バターや卵と合わせ、鍋を弱火にかけかき混ぜる。もったりしたら、すぐ下ろす。

「仕上げのメレンゲは時間をおくとしぼんでしまいますから。後ほど料理長にやってもらいましょう」
「そうなのね。ああ、とても楽しかった! お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」

 台所に潜入した女主人は、料理担当の使用人たちにも気をつかう。高貴な人の意外な丁寧さにそこにいた者はみな目を丸くした。



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