捨てられ仮面令嬢の純真
謁見を終えたビルウェン王国使節団を外まで送っていくのはマティアスだった。きらびやかな廊下をほぼ並んで歩きつつ、正使ハーラルト卿の半歩だけ後ろをキープしている。
「補佐官殿は、新たな王のお従兄にあたられるのでしたか」
ハーラルト卿がなんでもなさそうに言い出し、マティアスは片眉を上げた。王位継承順位については承知しているぞ、という意味を込めた前置きだと思われる。言いたいことがあるのだな、とマティアスは身がまえた。
「若い主君を支えながら、補佐官殿もまだお若い。ご苦労も多いことでしょう」
「ねぎらいのお言葉をありがたく思いますよ。陛下は確かに若く、夢を追う心をお持ちの方ですね」
にっこり答えるマティアスの言い方は、どちらとも取れた。リュシアンは理想に燃える君主なのか、はたまた夢想に溺れる馬鹿なのか。ハーラルト卿はふぉっふぉと笑う。
「統治に年齢は関係ありません……ですが若さゆえと思われるなさりようには民も厳しい。お気をつけなさるがいいかと」
「さすがビルウェンを支えるハーラルト卿のお言葉は重い。ご忠告いたみいります」
「いやいや。何、式典の日にも市中で騒ぎがあったと聞きおよびましてな」
それは舞踏会が始まる時間にあった倉庫略奪と火災のことを指していた。マティアスはチラリと後ろに目をやる。そこにいるのはギードだ。
「小さな事件でしたが、ご存知でしたか。お抱えの商人からお聞きになったと思っておきましょう」
「ほう……勘のよろしいお方ですな!」
感嘆の声はギードから上がった。貴族の使節に混じっているが商人だと言い当てられ、マティアスの値踏みに結論が出たらしい。ツツ、とマティアスの後ろまで出てきたギードは小声になった。
「貴殿はお若いが、国政も人の機微もわかっていらっしゃる。あなたのような方が上に立てばマルロワは安泰でございますなあ」
マティアスはあいまいな笑みのまま答えなかった。「上に立つ」という言い方には不穏な意味がこもっている。軽々しく応答していいことではないのだ。
その用心深さも含め、マティアスはハーラルト卿の眼鏡にも適ったらしい。やわらかく追い打ちがかけられた。
「我々ビルウェンとしても、マルロワに泰然としていてもらわねば困りますのでね。補佐官殿が気概を持っていらっしゃるなら支援は惜しみませんぞ。このギードはしばらく商売で貴国に滞在いたしますので、なんなりと」
淡々と告げ、ハーラルト卿一行は退出していった。
マティアスは無言、そして無表情だった。リュシアンに対して感じていたことを言い当てられたのは不快だ。だが――。
「……利用できるものは使えばいい、か」
ギードとの駆け引きが面倒なのはわかっている。しかも国を賭けての博打だ。
だが、このままでいたくはなかった。それにリュシアンを王座から降ろした方がマルロワのためになるのは明白なこと。
他国人から見ても、リュシアンとマティアスは利害の一致しない間柄なのだと考えると乾いた笑いがもれた。リュシアン本人は仲のいい従兄だと思ってくれているのに。