捨てられ仮面令嬢の純真

 セレスが通されたのはミレイユ個人の応接室だった。きらびやかな金の飾りと、華やかなカーテンや絨毯が目に痛いほど。
 しばらく待たされてやっと現れた妹は、軽くお腹を突き出すように歩いていた。まだそんなに大きくもないのだが、セレスに見せびらかしているのかもしれない。

「まあ男爵夫人、お久しぶりですわね」

 姉とも呼ばずにミレイユは薄い笑みを浮かべた。
 確かにセレスは男爵夫人にすぎない。対してミレイユは王妃であり、腹の子を産めば国母となる尊い身なのだった。

「王妃殿下にはご機嫌うるわしく」

 妹の高慢な態度など気にもとめず、セレスは平然と挨拶した。大儀そうに椅子にもたれるミレイユへ控えめに微笑む。

「身重のお体で苦しいところ、お会いくださって嬉しいわ。私とも血のつながった子ですから、無事に産まれるよう願っています」
「ふふ、そんな口だけのこと言わなくていいのよ。陛下の子を産めなくて悔しがりなさいな」

 あおられてもセレスは困る。リュシアンの閨にはべるのは羨ましくもなんともないし、今となっては婚約破棄されて助かったと本気で思っているから。

「……そうして国母となられる妃殿下だからこその策を、民に施していただきたく参りました。国王陛下も妃殿下も、民を愛しているのだと示す。それはお二方の立場を強くすると思います」

 ミレイユの嫌みを受け流してセレスは話を切り出した。今日来たのはそのためなのだ。

 リュシアンは王として経済・軍事・外交などを主に担う。対して王妃ミレイユは、その足りないところを細やかに支えるべきなのだ。例えば、貧しい者への慈しみ。

「王妃殿下におかれましては、国の母としての愛を民に示されるとよろしいのではないかと思いつきました。私は身軽なので、街に出ることがございましたの」

 セレスは孤児院を訪れ不足を感じたこと、将来を考える余裕もなく犯罪に手を染める子たちのことを語る。
 そんな子どもたちへ学びの機会を与えるのは意義のあることだ。王妃の名で基金を設立し、各孤児院や教会と職人組合との橋渡しをしてはどうだろう、とセレスは説明する。

「民に尊敬され愛される王妃殿下がいらっしゃるのは、陛下への忠誠にもつながるはずです」
「――それは私が今、愛されていないってこと?」

 つまらなそうに聞いていたミレイユは、ピキッとこめかみに筋を立てた。

「私は普通に生活しているだけだわ。民に愛されるも何もない。私はリュシアンさまに愛されているからそれでいいのよ」
「ミレ……いえ、王妃殿下。もう侯爵家息女ではないのですよ。王妃という立場をわきまえなければ」
「うるさいわね!」

 姉として案じる気持ちがセレスの中では大きかったのだが、さとされてミレイユは癇にさわったらしい。セレスをにらみつける目が憎々しげだ。

「そんなことわかってるわ。私は王妃。お姉さまは男爵夫人にすぎないのよ。〈傷もの〉はお黙りなさい!」

 プイ、と横を向き手ぶりで下がれと示す。ミレイユのそんな姿にセレスは絶望した。
 王妃など、リュシアンのおこぼれでかしずかれているだけ。そんなことも気づかないのか。

「――おわかりいただけなくて残念です」

 静かに告げて、セレスはその場を辞した。
 うろたえるばかりの父ヴァリエ侯爵にも諦めの気持ちしかない。この人たちと心が通じる日など来ないのだと覚悟した。


< 92 / 144 >

この作品をシェア

pagetop