エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 久しぶりに、ふたりで夕食を取った。帰宅した時点で22時だったからデリバリーで済ませたけれど、ダイニングテーブルで彼と向き合う柔らかな時間は、どうしようもなく幸せだった。

 食事を済ませたあとに、交代でお風呂を使った。そうして、今日が明日へ移り変わる時間。
 私が先に寝室へ向かった。正俊さんはリビングのソファにもたれて、タブレットで何か作業をしていた。

 いつも、私の方が先に寝ることが多い。だから今夜も、いつもと同じ夜でもよかった。

 だけど、ひとりでベッドに入ったら、何故だかとても切なくなった。身体を横たえた寝具に私の温度が移る前に、ベッドを出てリビングへと戻った。

「……真理菜さん?」

 正俊さんが、少し驚いた顔で私を見る。私はソファまでの短い距離を駆けて、正俊さんの隣に立つ。

 いつも、背の高い彼を私が見上げている。
 だけど今は反対だった。
 ソファに座る彼に見上げられながら、言葉をいくつか詰まらせた。

 まだ寝ないんですか、じゃなくて。一緒に寝ましょう、でもなくて。寂しいです、も少し違う。じゃあ他には――と思い悩んだところで、いつか彼に問われた言葉が耳の奥によみがえった。

 彼は、いつもより少し低い声で問うた。――夜を共にしてくださいますか?

 私は眼差しを揺らめかせて、そうして、ひとつ息を吸ったあとに問うた。

「夜を、一緒に過ごしてもらえませんか?」

 それを言った瞬間に、正俊さんが目を見ひらく。
 夜の色合いが一変した。私はそれにうろたえて、何かをうやむやにするように口走った。

「あ……でもっ、正俊さんも私も明日仕事だし、そのっ、全然、今日じゃなくても……っ」

 私の言葉はそこで途切れた。
 彼の影が私の視界を覆い尽くして、私の身体はすべて彼に受け止められた。



 ベッドサイドの、読書灯の仄かな明かりだけだった。曖昧な暖色の揺らめきの中で、私たちの境界が重なり、溶け合う。

 夜色に微熱が灯って、潤んだ。シーツの波間につま先が沈む。暖かな海の、ままならなさが緩やかに呼吸を奪う。
 眉根を寄せて息を吐き出そうとしたら、優しい指先が額に張り付いた髪を梳いた。指先はこめかみを伝って頬を撫でて、波間で彷徨う私の手のひらを引き寄せる。

 ぎゅ、と手を握り返した。そうして、霞む視界で優しい眼差しを見つめ返した。

 ゆらゆらと揺れる海にいざなわれて、彼と一緒に深みへと落ちていった。
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