エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 大人になってから、毎日が過ぎてゆくのが早くなった。あっという間に1ヶ月が過ぎて、あっという間に季節が変わる。

 それなのに、久しぶりに夜が驚くほど長く感じた。仕事から帰宅したらご飯を作って、勉強をしてから就寝した。

 正俊さんが帰ってくるのは明日。
 今夜も、部屋が広いと思った。



 さあさあと雨が降っている。朝起きたら世界に灰色が溶けていて、雨の日特有のささやかな憂鬱を伴ってマンションを出た。

 ぱらぱらと傘の上で音が跳ねて、パンプスのつま先に冷たさが染みる。去年まではレインシューズを持っていたけれど、随分と履き込んだので処分してしまった。ずっと新調できていなかったけれどやっぱり不便。今日の帰りに、新しいものを買いに行こう。

 電車に乗って、大学の最寄り駅で降りてまた歩く。図書館に着いてから、濡れたストッキングを脱いで予備の靴下に替えた。書架の整理など動き回る仕事をするときのため、スニーカーをロッカーに置いているから、それに履き替えてしまう。スニーカーは黒だし今日はパンツスーツだから、特段の違和感はないはずだ。業務的にも、今日は終日、閉架図書の整理を行う予定だし。

 現在のところ、うちの図書館の服装規定ではジャケット着用が必須で、足元も原則として革靴やパンプスと定められている。ところが、公立図書館ではポロシャツにエプロン、足元も常時スニーカーなど、もっと動きやすい服装となっていることが多い。それに倣い、うちの図書館も近々服装規定が緩和されるとの噂だ。

 業務効率化と労働環境の改善を目的として、服装規定の緩和を議題に上げたのは、副館長時代の正俊さんだった。長年の慣習に対して、正俊さんが窓を作った。そこから、新しい風が吹き込もうとしている。

 ロッカールームを出て、事務所に向かう。今日は早番だから、朝礼がある。副館長の山崎さんの机の前に集まりながら、ふと、壁のカレンダーが目に入った。

 何でもない平日。でも、今日は正俊さんが帰ってくる日。

 そう思うと、灰色の雨の日でも気持ちが上向いてくる。少しだけ、時間の流れが速くなる。

 時間の流れに乗って、定時で退勤した。雨は上がっていて、葉っぱに散らばるしずくに夕やけのオレンジがきらめいていた。

 駅ビルにレインシューズを買いに行った。1万円以下で、ダークブラウンのローファー風デザインのものがあったので、そちらにした。

 駅から電車に乗って、マンションへ戻った。1階エントランスにある集合ポストの、1401号室を確認すると、白い封筒が入っていた。

 横型で窓付きタイプのそれには、『契約更新のご案内』と青色で印字してある。差出元は大手の不動産会社。おそらく、このマンションの契約更新についての案内書類だ。

 封筒を持って、専用キーでオートロックを解除して部屋まで向かった。玄関のドアをあけて、明かりをつける。室内に溶けた灰色の湿度が、ぱっと弾ける。

 ダイニングテーブルに封筒を置いて、リビングで、買ってきたレインシューズを箱から出した。レインシューズは玄関のシューズクローゼットに仕舞って、洗面所で手を洗ってから、キッチンに立つ。

 冷蔵庫の中身を確認すると合い挽き肉と玉ねぎがあったので、今夜はキーマカレーにすることにした。
 合い挽き肉をまず炒めて、みじん切りにした玉ねぎを追加する。玉ねぎがしんなりと透き通ってきたところで、玄関の方から音がした。
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