十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第三章 仕事の現場

 翌朝。
 いつもと変わらぬオフィスのはずなのに、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
 昨夜、雨の中で再会した彼――藤堂蓮。
 まさか、今日この場でまた顔を合わせることになるなんて。

 「それでは、本日のプロジェクト会議を始めます」
 部屋に入ってきた瞬間、空気が一変した。
 黒のスーツに身を包み、冷静な表情を崩さない蓮。
 十年前の彼よりも大人びて、どこか近寄りがたい威圧感すら漂わせていた。



 「……っ」
 心臓が跳ね、思わず視線を落とす。
 気づかれたくないのに、どうしても意識してしまう。

 「この案件の進行は、私が直接確認する」
 低い声が響き、社員たちは一斉に頷いた。
 その口調は冷ややかで、情を一切交えない。
 それでも、私は知っている。
 かつて同じように名前を呼んでくれたあの声だということを。



 「……西園寺さん」
 不意に名を呼ばれ、背筋が凍る。

 「は、はいっ」
 慌てて顔を上げると、冷たい瞳がまっすぐ私を射抜いていた。

 「この資料、確認不足だ。数字が一箇所合っていない」
 机に置かれた資料の端を、彼の指先が静かに叩く。
 その何気ない仕草にさえ、胸が痛んだ。

 「す、すみません……」
 必死に謝罪の言葉を口にする。
 彼はそれ以上責めることなく、ただ視線を逸らした。



 会議が終わり、資料を片付けていると、同僚がひそひそと囁いた。
 「ねえ、部長と西園寺さんって……知り合いなの?」
 「昨日も一緒に帰ってたでしょ?」

 心臓が跳ね、思わず否定しようとした。
 けれど蓮は何も言わず、黙ったまま会議室を出て行った。

 その背中を見送りながら、喉の奥に言葉がつかえていく。
 ――違う。ただの上司と部下。
 そう思い込もうとしても、心はどうしようもなく彼に縛られていた。



 「十年前の傷」が癒えぬまま、今度は「仕事」という形で再び彼と関わることになった。
 冷徹な上司の顔と、初恋の人の面影。
 その狭間で揺れる心に、私は静かに唇を噛んだ。

 ――もう二度と、関わらない方がいい。
 そう思うほどに、視線は彼を追ってしまうのだった。
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