十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第四章 視線の揺らぎ

 会議室の長机に並べられた資料の文字が、まったく頭に入ってこなかった。
 スライドの数字を追うふりをしながら、意識はどうしても隣に座る彼へと引き寄せられてしまう。

 藤堂蓮。
 部長として、冷静にプレゼンを進める声は落ち着いていて、聞く者を惹きつける。
 それなのに――私は必死に、視線を逸らし続けていた。



 「西園寺さん、この部分を補足して」
 突然名前を呼ばれ、胸が跳ねた。

 「は、はいっ……!」
 慌てて資料をめくり、説明を続ける。
 声が震えていないか不安だったが、彼は表情を変えずに聞いていた。

 ただ、その横顔の瞳が一瞬、私を射抜いた気がした。
 冷たいはずの眼差しに、どこか揺らぎがあるように見えて――心臓が乱れる。



 会議が終わり、他の社員たちがぞろぞろと退室していく。
 私は資料をまとめながら、深呼吸した。
 すると、視線を感じた。

 振り返ると、部屋の出口で彼が立ち止まっていた。
 じっと、こちらを見ている。
 冷たい瞳の奥に、言葉にならない何かが揺れていた。

 「……」
 声をかけようと唇を開いた瞬間、彼はすぐに視線を逸らし、無言で部屋を出ていった。



 胸が熱くなる。
 ――見ていた。確かに、私を。

 「どうして……」
 小さく呟く声は、誰にも届かない。

 十年前、別れを告げたあのときも、彼の瞳は揺れていた。
 あの時と同じ不安定な光が、また私の心をざわつかせる。



 視線だけで、心が乱される。
 冷たい拒絶と、温かな揺らぎ。
 どちらが彼の本音なのか、わからない。

 ――知りたい。
 でも、怖い。
 もう一度確かめてしまえば、きっと私は、彼から離れられなくなる。

 雨の夜に始まった再会は、仕事の現場ですでに「視線」という名の罠を仕掛けてきていた。
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