異国の舞姫はポンコツ皇子を笑わせたい

第三十五話 ニース

 夜も更けたころ、リダファは船内に重臣たちを集め、ララナの話を告げた。だが、誰一人その話を信じる者はなく、胡散臭い目でララナを見つめるだけだった。当然だろう。彼女は今、微妙な立場である。すべてがでっち上げで、その身可愛さに存在感だけをアピールしていると思われても仕方がないような突拍子もない内容なのだ。

「各国で起きている災害がもし、クナウを滅ぼしたそれと同じものであったなら、我がアトリスだけではない、各国が甚大なる被害を受けることとなる。皆も知っての通り、アトリスでは水害、南の国では干ばつといったように、各地ですでにその兆候は表れているんだ。すべてを調べたわけじゃないけど……簡単に作り話だとは思わないでくれないか?」

 そう熱弁をふるうも、耳を貸す者はいない。エイシルや、イスタでさえ、渋い顔でリダファを見ているのだ。

「その者を信じろと仰るのですか?」
 副宰相キンダが心底呆れた物言いでそう口にする。
「とてもじゃないが、信じる要素がありませぬ。そもそも何故、アトリスに関係のないその幻の島の話が出てくるのです? 災害が起きたのはそのクナウという島の話ではありませんか。しかも、もう今や存在もしない」
「それは……、」
「いくらなんでも、無理がある。そんな紛いごとを信じるなど、リダファ様はどうしてしまわれたのか?」

 ザワ、とその場が揺れる。

「ララナ……いや、ヒナと呼んだ方がいいのか。リダファ様をこれ以上愚弄するのは許されんぞ!」
「そんなことはっ、」
「衛兵! その女を捕らえよ!」
 キンダの号令に、近衛兵が動きララナの両腕を掴む。
「おい!」
 止めようとするリダファもまた、近衛兵に抑えられてしまう。

「リダファ様はご乱心だ! 部屋に案内し、外へは出さぬよう! その女も船室に閉じ込め見張りを付けよ!」

 そうして、二人は幽閉されたままニースへと向かうことになったのだ。

*****

 その頃、エルティナスにはアトリス外交官から届いた荷物を抱え、全速力で廊下を走るマシラの姿があった。

 ウィルという新しい外交官とは、ララナを訪ね王宮に出向いた際、面識くらいはあったものの、手紙をもらうほど親しくはない。手紙はララナからのもので、衝撃的な内容だった。一緒に入っていた一冊の書物と共に読み進めてみれば、マシラだけでなく、エルティナス国王であるジャコブにとってもセンセーショナルな内容であった。

「国王陛下!」
 バン、と力任せに執務室を開け歩み寄る。驚いているジャコブに手紙と書物を渡す。そして内容を説明し始めると、ジャコブの目の色が変わった。

「今すぐ馬の準備を!」
 直接ララナに会わなければならない。それに、この書物とララナの身に起きていることを照らし合わせると、ララナの存在というのは一国の皇子の嫁レベルの話ではない。彼女は世界の運命を握っているかもしれないのだ。手紙にはリダファの記憶障害のことも書いてはあったが、それにしても、とジャコブは憤慨していた。

「何故リダファはララナの話を聞いてやらないのかっ。あのポンコツめ!」
 思わず暴言を吐く。

「陛下っ!」
 近衛兵が部屋を訪れ、準備が出来たことを知らせると、ジャコブはマシラと共にアトリスへと馬を走らせたのである。

*****

 船がニースの港へと入る。ニースの国王ガイナ・トウエ、そして二人の弟王子が出迎えのため船を待っていた。ガイナが顔をこわばらせているのが遠くからでもわかる。リダファは、部屋からは解放されたものの、昨夜の発言から家臣たちに警戒されてしまっていた。

「ようこそおいでくださいました、リダファ皇子」
 緊張を隠そうともせず、ニース国王ガイナが頭を下げる。しかしリダファが口を開くより前に、何故か副宰相であるキンダが話し始める。

「国王陛下。不躾ながら早速本題に入りたく存じます。それと、王宮に牢はございますかな? 謀反を企む輩を捉えておりますので投獄をお願いしたいのですが」
「おい、まさかっ、」
 リダファが咎めるも、キンダはそれを無視し衛兵にララナを連れて来させる。ガイナがその姿を見、小さく『ヒナ、』と呟いた。

「私が連れて行きますよ、キンダ様」
 名乗り出たのはイスタである。

「イスタ、お前っ!」
 掴みかかろうとするリダファに、イスタが静かに告げる。
「昨日の話を聞いて確信したよ。リダファ様、やはり彼女は《《向こう側の人間》》なんだ」
 イスタにまでそんな風に言われ、リダファが動揺する。そうしている間に、イスタと数人の衛兵に連れられ、ララナは王宮の裏手へと連れて行かれた。

 ニースの王宮はアトリスに比べるとこじんまりしたものだ。元々貧しい国であるし、国交もそこまで盛んなわけではない。牢もあるにはあるが、何年も使われていない、形ばかりのものである。

「ここですね」
 兵の一人が扉を開けると、遠くから『うわぁぁぁ!』という叫び声が聞こえてくる。
「今のはっ?」
「父上の声だ!」
 イスタが答える。
「大宰相様に、何がっ?」
 慌てる兵に、イスタが命じる。
「お前たちは早く! 私もすぐに行く!」
 ララナの腕を掴むと、元来た道を指し衛兵たちを促す。
「はっ」

 二人の衛兵はそのまま走って行ってしまう。残ったイスタは、ララナに向き直ると、
「ララナ様、今のうちです」
 と告げた。

「え? ……どういう、」
「時間、ありませんよ。いいですか、よく聞いて。昨日の話を聞き、私と父は考えました。あまりに突拍子もない話ではあります。しかし現状、各国で起きている異常なまでの自然災害は本物なのです。更に言えば、父であるエイシルは遠い昔の学生時分、クナウ文化について学びを得ていたことがあるのですよ」
「大宰相様が!」
「まさかクナウ島伝説が災害の根源だとは誰も思わないでしょうが……可能性はゼロじゃない。ララナ様、早くここを離れてください。さぁ!」

 パッと手を放し、陸地を指差す。ララナは弾かれたように走り出した。

「イスタ、ありがとう!」
 振り向きざま、叫ぶ。

 さっきのエイシルの悲鳴が自作自演なのだとすれば、追手はすぐにやって来るだろう。反逆罪を疑われた状態で逃げ出したのだ、見つかればただでは済まない。ララナは全速力で走った。行き先は……? あの本をもっときちんと検証しなければならなかった。けれど、この島のどこかに、ある(・・)はず。それだけは確信していた。
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