毒舌男子の愛は甘い。



閉店時間を知らせる店内の音楽が止まり、静かになったフロアに、片付けの音だけが響いていた。


エプロンを畳みながら、視界の端で彼女──梓が店長に挨拶しているのが見える。


「お疲れさまでしたー!」


元気な声。
でも、その声にはどこかホッとした響きが混じっていた。


(……まあ、緊張してたんだろうな。今日一日、初日なのにけっこう頑張ってたし)


エプロンをしまい終え、カバンを肩にかけて、出入口に目を向ける。
その横から、梓が声をかけてきた。


「水野くんも、お疲れさま」

「……ああ。お疲れ」


何気ないその言葉が、妙に耳に残る。


「……帰り、同じ方向?」


自分でも唐突だったと思う。
でも、気づけばそう言ってた。


「たぶん……そうかも」

「じゃあ、一緒に帰ろ」


言った瞬間、なぜか彼女が少し目を丸くする。


「え、いいの?」


「……別にダメな理由ないし」



ぶっきらぼうに返しながら、顔を見ないようにして歩き出す。
なんか、照れくさかった。

 

***



街灯が、道路にふたり分の影を落としていく。


無言が続いても、不思議と気まずくはない。
むしろ、この静けさが心地いい。



「今日、大変だった?」


何気なく聞いた声に、梓がすぐ返す。


「うん……ちょっと緊張したけど、でも思ってたよりは大丈夫だったかも」


「ふーん。まあ、ミスも少なかったし、接客向いてるんじゃない?」



心からそう思った。



ちゃんと前向きに覚えようとしてて、初日だけど、色々教えたくなってしまった。



(……それに、つい、フォローしたくなる感じなんだよな)


「え、ほんと?珍しく褒めてくれるの?」


「珍しくってなに。ちゃんと見てるし、評価もするよ」



少し冗談混じりに言うと、彼女がふっと笑う。



「……ありがとうございます。先輩のご指導のたまものです。」


「そうだな。ちゃんと、敬っとけよ」



なんて言いながら、こっちの口元も少し緩む。


こんなふうに笑い合えるやつ、思い返してみても、最近あんまりいなかった気がする。

しばらく歩いたあと、梓がぽつりと口を開いた。



「そういえばさ……」

「ん?」

「水野くんが“人と話すの疲れる”って言ってたじゃん? でも、今日いろいろ教えてくれて、ありがとね。やりにくくなかった?」


(……そういえば、そんなこと言ったっけ。)


思った以上に真面目に返したくなって、少しだけ考えてから答える。



「まあ、疲れるは疲れるけど……」

「けど?」

「藤宮さんみたいに、素直に受け止めてくれる人は珍しいから、案外大丈夫だった」


心の底にある本音が、ぽろっと出てしまった。



「……えっ」


顔をのぞいてくる視線がくすぐったい。
でも、嘘じゃない。



「俺、言い方きついってよく言われるし、正直めんどくさい奴だって思われること多いから」



それが普通だと思ってたし、誰かに理解されるとも思ってなかった。


でも──


「そんなことないよ。私は、水野くんみたいにハッキリ言ってくれる人、周りにいなかったから。知り合えて、よかったって思ってる」



その言葉が、ストンと胸の奥に落ちる。
温かくて、静かに沁みていくような感覚。



(……ほんと、なんなんだよこの人)



「……そっか」



目を逸らしながら、つい、笑ってしまった。


こんなふうに誰かに言われたことあったっけ。



やがて、駅前の交差点が見えてくる。



「じゃ、俺こっちだから」

「うん。……今日はありがとう、いろいろ」

「……じゃ、また。よろしく」



その一言を最後に、背を向ける。


なんとなく、はなれるのが惜しくて、歩き出す足は少しだけゆっくりになった。


夜の風が冷たく吹くなか、不思議と心は穏やかだった。

 
(……なんか、今日だけでずいぶん話したな)



でも、それが全然嫌じゃなかった。



また会えることが、少しだけ楽しみに思えるなんて──



やっぱり、藤宮梓は、変な人だなって思った。








< 18 / 87 >

この作品をシェア

pagetop