さくらびと。 蝶 番外編(1)
それは、私、桜井蕾への、感謝の言葉の数々だった。
◯月✕日
「蕾ちゃん、いつもありがとう」
◯月✕日
「蕾ちゃんと話していると、心が軽くなるんだ」
◯月△日
「蕾ちゃんのおかげで、毎日が楽しい」
最初は日々の日記の数々だった。
...まるで、少しずつ、彼女の宝物箱を開けてしまったかのような、温かくて、切ない言葉が、延々と綴られていた。
最後のページは、桜井蕾宛の手紙だった。
『 蕾ちゃんへ。
このノートを読んでいるということは、もう私はこの世にいないということだよね。
本当はね、こんな手紙を書くつもりじゃなかったんだ。
でも、もし、もし私に何かあった時、
蕾ちゃんが一番辛いんじゃないかって思って
私は、ずっと蕾ちゃんに笑っててほしいから。
このノートに書きました。
蕾ちゃん、こんな形で居なくなってごめんなさい。
いつも私に笑いかけてくれる蕾ちゃんが大好きだよ。
初めて出会ったときの事、覚えていますか?
蕾ちゃんが知っている通り、
私は、中学校の時の虐めが原因で、体調が悪くなって
入院しました。
入院したとき、もう消えてしまいたいって正直思いました。
私なんか居なくなっても誰も困らない。
誰も私の事を見てくれるひとなんていない。
ずっと、ひとりだって、、もう消えたいって思ってた。
けどね、そんなとき蕾ちゃんにあの日、出会いました。
蕾ちゃんは優しい笑顔で、私の暗い世界から
ひっぱりだしてくれました。
本当に嬉しかったよ。
毎日が嘘のようにキラキラして、大好きな桜の木の下で
お散歩して。何気ない日常ってこのことなんだって思った。
今日も空が青いなあとか、桜の花弁を一枚ずつ途方もなく数えたり、昨日のシチューが美味しかったなあとか、中庭の新しい花が咲いている事に気付いたり。
蕾ちゃん今日は前髪が跳ねてたなあとか、
南先生が似合わないメガネかけてたりとか。
雲ってこんなゆっくり動くんだな、、とか。
今まで見れていたはずの景色が今まで見れないくらいいっぱいいっぱいだったのに、蕾ちゃんのお陰で、ゆっくりと見れるようになったんだよ。
中庭にいたテントウムシも、紋白蝶も、アリも、理由は違えど、私と同じように毎日生きるのに必死だった。
ほんの他愛ない日常が、本当に幸せな事なんだって
気付かされました。
蕾ちゃんは今、好きな人はいますか?
私はね、推しだったら、俳優の斎藤くんかな(笑)
こんなに可愛い蕾ちゃんだから、素敵な彼を作って
絶対幸せになってね。
ねぇ、蕾ちゃん。泣かないで。
蕾ちゃんはこれからたくさんの人に出会うとおもう。
それは、楽しかったり、辛かったり、失敗もあったりするもけれど、決して諦めたりしないでね。
神様が私と蕾ちゃんを出会わせてくれたように、蕾ちゃんもきっと素敵な人に出会えるはずだから。
猪尾 千尋 』
そして、最後の方には、こんな言葉もあった。
「
◯月□日
板垣先生のせいじゃないんだ。
私の心が、弱かっただけなんだ。
だから、蕾ちゃん、どうか、自分を責めないでね。
そして、私のこと、忘れないでいてくれたら、嬉しいな
毎年 中庭の桜の木をみて思い出してほしい。
蕾ちゃんのことずっと、見守ってるね。 」
その言葉を読んだ瞬間、私の目からは、堰を切ったように涙が溢れ出した。
人間はこんなに涙を流すことができるんだ。
千尋さん、あなたは、そんなにも...そんなにも、私のことを思ってくれていたんだね。
私は、ただ、千尋さんの温かい気持ちに触れ、嗚咽を漏らすことしかできなかった。
板垣先生の悪口を書き並べていると思っていたノートの裏面は、実は、千尋さんの、私への感謝の手紙だったのだ。
いや、手紙という言葉では足りない、もっと深く、温かい、彼女の魂の叫びだった。