氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 公爵家の入り組んだ廊下を進むと、すれ違う使用人たちに次々と声をかけられる。
 相手の(ふところ)に入るのは得意な方だが、公爵家の者たちは危機感というものが欠如(けつじょ)しているように思えてならない。

「ねぇ、坊ちゃま……ここは、ほんとに居心地(いごこち)がいいですよぅ」

 独り言がぽつりと()れる。今まで入り込んだどの屋敷よりも、ダントツだ。いい人たちに波風(なみかぜ)の立たない平和な日々。居心地が良すぎて、かえって身の置き場がなく思えてしまう。

「あ、ベッティさん! この前教えてもらったお店に行ったら、ほしいものがみつかったの! ありがとう! これはお礼よ」

 通りがかったところを捕まえられて、掃除担当の使用人に紙袋を渡される。

「わぁうれしいぃ。わざわざありがとうございますぅ」

 大げさによろこんで紙袋を受け取った。中に入っていた菓子を、行儀悪(ぎょうぎわる)く口に放り込みながら廊下を進む。人の気配には敏感だ。進む先に誰もいないのは、気配を探ればたやすく分かる。

 人気のない廊下で、ふいに目の前を小さな異形の者が横切った。不自然に目がきゅるんとして、不細工(ぶさいく)なことこの上ない。
 二匹の異形はきゃっきゃとはしゃぎまわっている。ベッティに気づかないまま、廊下の真ん中でじゃれあう姿はすこぶるたのしそうだ。

 ベッティは菓子を手に持ったまま、無言で腕を上から下へと降り下げた。
 ぴぎゃっと叫び声をあげたかと思うと、二匹の異形はそのままじゅっと消し飛んでいく。

「正直、虫唾(むしず)が走るんですよねぇ」

 居心地(いごこち)のいい環境も。気の良い仲間も。慈悲深(じひぶか)く、純真無垢(じゅんしんむく)な令嬢も――

 異形が消えた床をしばらく見つめたあと、何事もなかったようにベッティは菓子をほおばりながら再び廊下を進み始めた。





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