氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-

第1話 揺れる蕾

 不意にアンネマリーの立つ石畳の床が、白く光った。
 仄暗(ほのぐら)い部屋の中、アンネマリーを中心に円を描くように走った閃光(せんこう)は、床から天井へとその輝きを立ち昇らせる。驚きにハインリヒはその光をただ見上げるしかなかった。
 アンネマリーは光柱の中心で怯えるようにその身をすくませた。次の瞬間、描かれた円の輪郭そのままに石畳の床が形を歪め、アンネマリーごとその床が崩れ落ちていく。

「アンネマリーっ!!」
「ハインリヒさま……!」

 アンネマリーを捉えようと咄嗟(とっさ)に手が伸ばされる。その手を握り返そうとアンネマリーもハインリヒへと必死に指先を差し伸べた。
 互いの指先がかすめるように交差して……無情にもアンネマリーは床ごと姿を消した。
 耳障りな騒音を立てて石畳が崩れ落ちていき、後に残ったのは床に開いた大きな穴だけだった。

「……アンネ……マリー……」

 穴の縁へと膝をついたハインリヒは、呆然とその場所を覗き込んだ。
 その奥は深淵(しんえん)を描き、下がどこまで続いているかすらわからない。からん……とかけらが吸い込まれていくも、それが階下へ落ちた音すら聞こえなかった。

「なぜだ……なぜ、こんなことに……」

 震える声は静かに響いて闇の中へと消えていく。静寂を取り戻した部屋にひとり取り残されたハインリヒは、目の前の醒めない悪夢に息を詰まらせた。

 消えた託宣を巡り事態が動き出すこの日まで、残すところあと三か月――



< 2 / 684 >

この作品をシェア

pagetop