氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 伯爵家の馬車から降りたリーゼロッテは、正装した義父(ちち)のフーゴと共に王城の夜会の会場へと向かう廊下に歩を進めた。

 豪奢(ごうしゃ)なシャンデリアがいくつも並ぶ広い廊下は、陽が落ちてからだいぶたつというのに昼と見まごう程に(まばゆ)く明るい。遠く高い天井に(えが)かれた荘厳(そうごん)壁画(へきが)が、極限まで磨き上げられた大理石の床に鏡のごとく映し出されている。

 繊細なレリーフが()られた太い柱が何本も立ち並ぶ人気(ひとけ)のない廊下を、フーゴにエスコートされながらふたりきりでゆっくりと進む。大きな窓にはめられたステンドグラスがシャンデリアの光に反射して、進むたびにそのきらめきを変化させていく。

 王城の正門から夜会の会場までの道のりは、リーゼロッテの知るものとはまるで景色が違っていた。王城には一か月ほど滞在していたが、政務を行う区画とは(きら)びやかさがもはや別世界だ。

 荘厳な場の雰囲気に飲まれそうになりながら、リーゼロッテは一歩また一歩と歩を進めていく。見上げるほどの大きな扉の前に辿りつくと、ふたりは一度その歩みを止めた。

「緊張しているのかい?」

 穏やかな口調でフーゴが問いかける。リーゼロッテは小さく微笑み、次いで困ったようにゆっくりと頷いた。

「リーゼロッテ。今こうして、お前の父としてこの手を引いていることを、心から嬉しく思う。ここまでよく(すこ)やかに、真っ直ぐに育ってくれたね。本当に感謝するよ」
「お義父(とう)(さま)……」
「いいかい、リーゼロッテ。ここから先、お前が旅立つ社交界には、心ないことを言う人間も多くいるだろう。だけれど、このことは忘れないでおくれ。お前はわたしたちの自慢の娘だ。そのことだけは、誰に何を言われようとも胸を張っていてほしい」
「はい……はい、フーゴお義父様……」
「おや、泣いてはいけないよ。せっかくエラにきれいにしてもらったのだから。さあ、クリスタも向こうで待っている。まずは王に成人としてきちんと挨拶をしに行こう」
「はい、お義父様」

 最上級の淑女の笑みと共に、リーゼロッテは差し出されたフーゴの(ひじ)へとそっと手を添えた。
 やがて(おごそ)かに名が呼ばれ、目の前の大きな扉がゆっくりと開け放たれる。

 ――(りゅう)(れき)八百二十八年、リーゼロッテは華やかな社交界へと、今、その足を踏み入れた。




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