氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「さてと」

 ひとりきりになったこんがり亭で、カイはおもむろに動き出す。迷いのない足取りで、先ほどまでルチアが使っていた浴室へと足を踏み入れた。

 この国は温泉が豊富で、よほどの僻地(へきち)でない限り、平民でも年間を通して風呂に入る習慣があった。蛇口をひねれば簡単に温泉水が出て来る仕様だ。

(ちゃんと使った形跡はあるな)

 カイは風呂場を見渡しながら、隅々まで注意深く観察した。カイはかつらの下のルチアの本当の髪の色を、確かめられればと思っていた。髪の毛一本でも落ちていればと思ったのだが、あの短時間だったので、髪までは洗わなかったようだ。

「ん?」

 カイはあることに気がついて、その場にしゃがみこんだ。

「これ……染料(せんりょう)か何かかな……?」

 流された温泉水に混ざって、茶色の粉が筋を作っている。カイはそれを指にとって、色やにおいを確かめた。

 それは平民がよく使うような粗悪な染髪剤(せんぱつざい)のようだった。染めると言うより、振りかけて色味をつけるようなそんなタイプの物だ。ルチアがかぶっていたかつらはつややかで、その染料を使っているとは思えない。

(かつらの下の地毛を、染めているのか?)

 見つかりたくない相手に対する用心にしても、やりすぎのような気もする。

(よほど珍しい髪色なのか……?)

 カイはもう一度注意深く濡れた床を見やった。排水溝のあたりにからまる髪を一本掴み取る。
 スキンヘッドのダンや角刈りのフィンにはあり得ない、細く長い髪の毛だった。明かりに透かすように眺めやる。

(――見事な赤毛だ)

 ルチアに関する情報を、整理するように頭の中で再び思い起こす。ルチアが生まれた年の前後で、貴族界で起こったことと照らし合わせてみるが、大きな事件や思い当たることは何もない。あるとすれば、前王妃であるセレスティーヌが亡くなった直後くらいの時期だろうか。

(駄目だ……やっぱり戻って調べなおさないと)

 ルチアの母親とイグナーツの関係も知りたいところだが、イグナーツが戻らないことにはどうにもならない。聞いて素直に話すような男ではないが、戻ってきたら何が何でも口を割らせなくては。だが、今それは後回しだ。

 カイは一筋の髪をハンカチに包んでポケットにしまい込むと、突き動かされるようにこんがり亭を後にした。



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