氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「おい」

 もう一度呼び掛けて、怪訝(けげん)そうに顔を上げたハインリヒの口にめがけて、乱暴に小さな焼き菓子を突っ込んだ。(つね)日頃(ひごろ)から動揺を表に出さぬようにしているハインリヒも、さすがに面食らった顔になる。

「ヴァルト、お前な。こういう事はリーゼロッテ嬢にだけやってくれ。不敬罪で投獄するぞ」

 菓子を飲み下したハインリヒは、呆れを交えつつも(にら)みつけてくる。

「その立場を振りかざすのなら、それ相応の振る舞いをしろ。周りの者がみな困惑している。最近のお前の態度は目に余る。実に迷惑だ」

 その言葉にハインリヒはぐっと言葉を詰まらせる。しばしの沈黙の後、長く息を吐いてから、真っ直ぐにジークヴァルトの顔を見上げた。

「ああ、そうだな……お前の言う通りだ。……すまない」
「オレに謝っても仕方ないだろう」

 そっけなく言って、ポケットに忍ばせておいた残りの菓子を、執務机の上に並べて置いた。

「オレに言われるようでは、お前もまだまだだな」
「まったくだ」

 そう言って、ハインリヒは菓子をひとつ取り、自らの口へ放り込んだ。

「……甘いな」

 裏腹に、苦虫をかみつぶしたような表情でそう漏らす。手にした鍵を一度強く握りしめてから、ハインリヒはそれを(ふところ)にしまった。

「もう大丈夫だ。フーゲンベルク副隊長、大儀だった。今日はもう下がっていい」

 書類に手を伸ばしながらハインリヒが言うと、ジークヴァルトは(うやうや)しく腰を折った。

「では、王子殿下。御前失礼いたします」

 互いに目だけで笑い合って、ジークヴァルトは王太子の執務室を後にした。人目のない場所では、子供の頃から気安い仲だ。お互いの考えが分かる程度には、つきあいが長いふたりだった。

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