氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 完璧な王子に見えるハインリヒが、その陰でたゆまぬ努力を続けていることをジークヴァルトは知っている。彼にのしかかる重圧は、自分の(にな)うそれとは比べ物にもならないだろう。

 いずれこの国の王として立つハインリヒの力になれるのならば、協力を惜しむことはない。だが、明日(あす)の天気を願うように、人知を超えた領域とあっては、そんな思いもただの戯言(ざれごと)に過ぎなくなる。

 龍の託宣は絶対だ。それを違えることは、この国の破滅を意味する。そう幾度も(さと)されて、自分たちは今日までの日々をやり過ごしてきた。

(こんな時に気の利いた言葉のひとつも思いつかないとはな……)

 やはり自分は、根底では何も変わっていないのだと、そんなふうにも思う。アデライーデに対してもそうだった。あのときも、自分は何もできずに、ただそのそばにいることしかできなかった。

「ジークヴァルト様!」
 歩く廊下で不意に背後から声をかけられる。

「リーゼロッテ嬢を貸してください!」

 振り向きしなにそう言われ、ジークヴァルトは眉間にしわを寄せた。目の前には息を切らしたカイが立っている。普段のカイらしからぬ様子で、少し興奮気味のようだ。

「ダーミッシュ嬢は物ではない」
「今はそういう御託(ごたく)は結構です」

 (にら)みつけるように言うも、カイは真剣なまなざしを返してきた。その空気感に、騎士たちが礼をとりつつも、(いぶか)し気な視線をよこして通り過ぎていく。それを察してか、カイはジークヴァルトの耳元に顔を寄せてきた。

「時間がないんです。ジークヴァルト様だって、ハインリヒ様がもうギリギリなの、いちばんよく分かっておられるでしょう?」

 その言葉にさらに眉間にしわが寄る。カイがハインリヒの託宣の相手を探しているのは、ジークヴァルトも承知はしている。そのために彼女が必要だと、カイは訴えているのだ。

 カイは優秀だ。意味のないことを要求することはない。それを分かっていてなお、今言われたことを承服(しょうふく)できない自分がいる。

「……無条件に、というわけにはいかない」
「もちろんです。こちらが提示するものを、検討してくださって構いません。リーゼロッテ嬢を危険な目に合わせることは絶対にしませんし、オレとしては、ただ、その場に行く機会を作ってほしいだけですから」

 追ってすぐご連絡をします、そう早口に言って、カイはすぐさま廊下の向こうに消える。その背中を目で追って、ジークヴァルトはしばらく考え込むように、その場にじっと立ちつくしていた。

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