氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 グレーデン家を出るときのエラの悲しそうな顔が脳裏をよぎる。今日にでも手紙を書こう。だが、この状況をどう説明するべきか悩んでしまう。

「ねえ、ベッティ。わたくしね、最近、エラに嘘ばかりついているの……」

 髪をいじられながらぽつりと漏らす。ベッティは一瞬だけ手を止めてから、やさし気な口調で言った。

「ありのままをお話になってはいかかですかぁ? エラ様ならちゃんと信じてくださいますよぅ」
「そうね……でも」

 異形の者の存在を話せば、エラには視えなくともきっと自分の話を信じてくれるだろう。だが、王城で王子に他言は無用だとくぎを刺されている。その時のことを説明すると、ベッティは不思議そうな顔をした。

「貴族、平民問わず異形が視える人間はおりますしぃ、異形の者のことなら話しても問題ないと思いますけどねぇ。託宣に関わることは言おうとしても、そもそも龍に目隠しされますしぃ」
「龍に目隠し?」
「あれぇ? リーゼロッテ様は龍の目隠しをご存じないのですかぁ? 目隠しに合うとぉ、話そうと思っても、言葉にできないんですよぅ。言いたくても言えないって感じですねぇ」
「そういえば、以前ヨハン様に何かを言おうとして、うまく言えなかったことがあったわね……」

 あれはヨハンに無知なる者の話をしようとした時だった。急に口をふさがれた感じがして、その不可解な感覚に戸惑ったことを思い出す。

「ああ、きっとそれは龍の目隠しですねぇ。考えてもみてくださいよぅ。この国ができて八百年以上、龍の託宣は何度も降りてきたんですよぅ。目隠しがなかったら、今頃は、貴族全員が龍の託宣のことを知ってるはずですぅ」

 自分に託宣が降りずとも、親兄弟や知り合いに託宣者がいれば、それを知る機会はあるに決まっている。人の口に戸は立てられぬというが、確かにこんな狭い貴族社会では、その存在が知れ渡るのはあっという間のことだろう。

「でも、口をふさぐのに目隠しなのね……」
「言われてみればそうですねぇ。でもまぁ、昔からの言い回しのようですからぁ」

 むしろ、龍の口封じでは? と思ったが、それでは確かに物騒(ぶっそう)すぎる。

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