氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 廊下の向こうに貴族の男がいるのが視界に入った。黒いモヤを纏い、うつろな瞳でぼんやりと立っている。しかし、ふたりの姿を認めるや否や、突然奇声を上げてこちらへと向かってきた。

「きゃあっ」

 ジークヴァルトの首にしがみつく。その男をギリギリで避けたジークヴァルトは、その首筋に一撃を食らわせる。力を込めた手刀は、あっけなく男を昏倒させた。

「お前とオレとでは、異形の標的にしかならない」

 そう言って再び大股で歩き出す。自分たちの存在が周りに被害を与えることを悟り、リーゼロッテは抱きつく腕にぎゅっと力を入れた。

(異形たちがおびえている……)

 見回すと、廊下にいる弱い異形の者たちが、これ以上ないほど気を荒立てている。その様は恐怖に震え、周囲を懸命に威嚇する子猫のようだ。広がる不穏な気配も相まって、リーゼロッテの胸は締めつけられるように苦しくなった。

「同調するな!」

 強く言われてはっとなる。異形の心に飲まれないよう息を吐く。ぎゅっと目をつぶり、包んでいるジークヴァルトの力の気配だけに意識を集中させた。

「絶対にここを動くなよ!」

 突然下に降ろされる。床に手をついたジークヴァルトは、リーゼロッテの周りに円状に力を施すと、背後から襲ってきた近衛の騎士に振り向きざま体当たりをくらわせた。
 騎士の体を禍々しいモヤが覆っている。異形に憑かれているのだと悟るも、リーゼロッテは恐怖でその青い円の中から動けない。

「ヴァルト様!」

 目の前でもみ合うジークヴァルトは夜会仕様で丸腰だ。剣を片手に襲い掛かる騎士を前に、苦戦を強いられていた。力を込めた拳を叩きつけ、ようやく近衛の騎士の体が床へと沈みこむ。

 間髪置かずにジークヴァルトは、転がりながら落ちていた剣を拾い上げた。いつの間にか現れた別の騎士の一振りをその頭上で受け止める。
 がきんと火花が散り、押し合うように対峙する。眼前で繰り広げられる死闘に、床にへたり込んだままのリーゼロッテはなす術もなかった。

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