氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「お顔をそらすのは何かある証拠ですわ! さあ、遠慮なく言ってくださいませ。わたくしどんな言葉も受け止めますから!」

 ぐいぐい胸元をひっぱられ、ジークヴァルトは前にめりにリーゼロッテと見つめ合った。可愛らしい小さな唇が目に入る。いっそこのまま口づけてしまえ。

 そうしてしまえば彼女は驚いて泣くかもしれない。一瞬だけそんな思いがよぎるも、ジークヴァルトは必死の抵抗で顔をそらそうとした。

「いや、ない。ないと言ったならない」
「嘘をおっしゃらないでくださいませ。ヴァルト様は何かを誤魔化そうとするとき、必ずお顔をそらすではありませんか」
「それでもないものはない」

 頑なに拒否するジークヴァルトの目の前で、リーゼロッテはむうと唇を尖らせた。

「そんなはずはございませんわ! 例えばわたくしの容姿の事とか……」
「お前の容姿?」

 一瞬口をつぐんでリーゼロッテは、意を決したようにジークヴァルトをじっと見上げた。

「例えば『お前、自分の顔を鏡で見たことはあるのか』とか、そういったことですわ」
「鏡くらいお前だって自分でのぞくことはあるだろう」

 何を言っているんだというふうの返しに、リーゼロッテは再びぐっと口をつぐんだ。

「ですから、お前は醜女(しこめ)だとか、つまりはそういうことですわ」

 この異世界では自分の容姿は可愛くはないのだ。リーゼロッテはそう信じて疑わない。どうしてわからないのかと、頬を膨らませてジークヴァルトを不満げに見やった。

「何を馬鹿な事を……お前は一体何が言いたいんだ?」
 あきれた様子のジークヴァルトは本当に理解できないといった様子だ。

「でしたらほかにもございますわ。例えば……」
「例えば?」
「む、胸が小さすぎるとか」
「胸が?」

 青い瞳がリーゼロッテの胸元を凝視する。

「……別にそのくらいでちょうどいいだろう」
「ちょ、ちょうどいい!?」

 途端にリーゼロッテが涙目になった。

(コルセットで寄せに寄せた上に、詰め物を詰めに詰めて、盛りに盛ったこのニセ(ちち)を、よりにもよって『そのくらいでちょうどいい』ですってぇ!?)

 わたし脱いだらしょぼいんです。それが確定となってしまったリーゼロッテの瞳から、もりもりと涙が溢れだす。

「なぜだ」

 ぎゅっと眉根を寄せて、ジークヴァルトは助けを求めるようにアデライーデの顔を見た。アデライーデはうつむいて口元に手を当てている。肩が小刻みに震えているのは、笑いを必死にこらえているからだ。

 その間にリーゼロッテの頬から滑り落ちた涙が水差しへと零れ落ちていく。一粒一粒落ちるたびに、水面に緑の波紋が広がった。

「うう、これを騎士団のみな様でお使いくださいませ。量が足りないかもしれませんが……」

 涙ながらにその水差しを差し出すと、リーゼロッテは小さくすんと鼻をすすった。

「わたしにいい考えがるからこれだけあれば十分よ。ありがたく使わせてもらうわ。それに安心して、リーゼロッテ。あとでジークヴァルトは粛清しておいてあげるから。それとヴァルト、いくらここが安全だからって変な気を起こすんじゃないわよ」

 くぎを刺すように言って、アデライーデは再び王城の混乱へと飛び込んでいった。

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