氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-

第28話 安寧のとき

 分刻みで進むタイトなスケジュールに、ハインリヒは苛立っていた。

「王太子殿下、この度はご婚約おめでとうございます。このようにお美しいご令嬢を王太子妃殿下に望まれて誠に喜ばしい限りです」

 先ほどから異口同音に繰り返される。隣に座るのはアンネマリーだ。それはいい。いいというか滅茶苦茶いい。そこは何度もその可愛い顔を確かめてしまうほどのことなのだが、先ほどからハインリヒの表情はずっと凍ったままだった。

 アンネマリーが託宣の相手だったことは、いまだに天にも舞い上がる心持だ。それなのに、まったくと言っていいほど、ふたりきりになれる時間が取れなかった。触れられる位置にいるというのに、その白い手を取ることすらままらない。

(ああ……アンネマリーに触れたい……触れてこの腕に抱きしめたい)

「本日、ご挨拶に上がりましたのは、先日王太子殿下に却下されました領政の件なのですが、こちらとしてもこれ以上の譲歩はできぬ状況でして、なんとか再考頂けましたらと思っておりまして……」

 目の前の貴族がおずおずと王太子を見やる。ハインリヒの瞳は刺すように冷たい視線のままだ。返答すらもらえない男は、困ったようにアンネマリー顔を伺い見た。

(なんなんだ、この男は。アンネマリーのことばかりちらちらと見て)

 ぎりと睨みつけると、男はさらに助けを求めるかのようにアンネマリーに視線を送った。アンネマリーも戸惑ったようにハインリヒを見やるが、男に言葉を返す様子はない。
 近くに立つブラル宰相に目を向けると、アンネマリーに向かって笑顔で頷いた。小さく頷き返し、アンネマリーは目の前の貴族に声をかけた。

「王太子殿下は領民の生活を憂いておられます。子爵の譲歩案ではやはり貧困層の増加は懸念されますし、王政においてもこの冬の寒さ対策として各領地への支援を検討中とのこと。それを踏まえて、もう一度計画書を提出していただくのがよろしいでしょう」
「は、はい。ありがたきお言葉! ぜひそのようにして改めさせていただきますっ」

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