氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 アンネマリーに助け舟を出されて、男は逃げるようにこの場を辞していった。その際にアンネマリーに向かってペコペコと頭を下げていく。

(どいつもこいつもわたしのアンネマリーを見過ぎだぞ……しかもあの柔らかそうな胸ばかり見ているのではないか!?)

 去っていく男の背中を射殺さんばかりに睨みつける。その様子を黙って見ていたブラル宰相がニコニコ顔で近づいてきた。

「さすがはアンネマリー様。社交界随一の才女と謳われたジルケ様のご息女だけはありますな。あの融通のきかない子爵からさらなる譲歩を引き出すなど、いやはや、なんとも素晴らしいことです」

 ハインリヒの潔癖なまでの政務方針を、快く思わない貴族たちは多い。正論で従えさせようにも、うまくいかないことが多かった。

 厳しく追い詰めるハインリヒに、その横で柔らかく笑みを向けるアンネマリー。精神的に圧迫を受けた人間は、直後にやさしくされるとつい(ほだ)されてしまうものだ。まさに(あめ)(むち)な対応に、(かたく)なだった貴族たちが、王太子の意見にも耳を傾けるようになってきた。

「誠に良き伴侶をお迎えになられました。アンネマリー様はさぞやご立派な王妃となられることでしょう。これで益々我が国も安泰ですな。いやはや実に喜ばしい」

 うんうんと頷く宰相の言葉に、ハインリヒはアンネマリーの顔を見やった。はにかむような笑顔を向けられて、その凍った表情が瞬時に氷解する。

(ああ、アンネマリー……!)

 もう抱きつぶしてあちこちに口づけたい。そんな思いがこみ上げて来るが、ここは貴族との謁見室だ。衛兵もそこここに立っていて、とてもそんなことができる状況ではなかった。

「王太子殿下はこれからわたしどもと会食ですな。アンネマリー様は一度王妃殿下の離宮にお戻りになっていただいて、午後に再び貴族と謁見予定です。また後程お向かえに上がりましょう」
「ではわたしが義母上の離宮まで送っていこう」

 会食の時間が迫っているが、ハインリヒは頑として譲らなかった。微笑ましそうに見送るブラル宰相を残して、ふたりは必要以上にゆっくりとした足取りで王妃の離宮へと向かっていった。

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