氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 わたしは北の小国の王女として、何の疑問もなく過ごしていた。そう、弟が生まれるあの日までは。

 忘れもしないハインリヒが誕生した極寒の冬の朝、わたしは何もかもを思い出してしまった。
 母様の腕に抱かれ、すやすやと眠る弟の顔をはじめて覗き込んだその瞬間、雷に打たれたかの如くの衝撃が襲って、小さなわたしの頭の中にすべての記憶がよみがえった。

 テレーズとなる前の、前世の記憶と言えばいいのだろうか。それはこの世界とは違う、地球という星の日本という小さな島国で生まれ育った記憶だった。

 異世界転生――その言葉が頭をよぎった。ラノベか。次に思ったことはそんな突っ込みだった。

 しかもこの世界は、わたしがかつて日本でプレイしていた乙女ゲームの世界に酷似していた。様々な乙女ゲームをプレイしていた記憶はあるが、どうしてよりにもよってこの世界だったのか……。

 『真冬に咲く薔薇~禁断のコールド・ローズ・ガーデン』

 前評判は良かったものの、発売直後から物議を醸しだした18禁乙女ゲームだ。その舞台こそが、北の小国ブラオエルシュタインだった。

 あなたはこの愛を貫けますか?
 そのキャッチコピーのもと、大々的に発表されたこのゲームのヒロインは、第二王女のテレーズ・ブラオエルシュタイン。

 菫色に輝く大きな瞳、ぷっくりとした小さな唇はアヒル口が標準だ。髪はサラサラのピンクブロンドで、顔は小動物系・庇護欲をそそる顔立ちをしていて、何から何まで典型的なヒロイン仕様だ。
 鏡に映る自分の顔は、ゲームの世界よりは幼いものの、そのヒロインそのものだった。

 ラノベか。ラノベなのか。こんなベタな展開、ラノベにもほどがあるだろう。
 わたしは多くの異世界転生者が思っただろうことを、心の中で叫んでいた。

 待望の王子の誕生に国中がお祭り騒ぎとなる中、わたしはそれから一週間、高熱を出して寝込む羽目となったのだ。


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