さくらびと。 恋 番外編(3)






「電車……来たみたいですね」






「そうだね」









有澤先生は蕾の肩から手を離した。







二人の間にわずかな距離ができる。







この距離が今の関係を象徴しているかのようだった。








電車のドアが開き、数人の乗客が降りてきた。









蕾は一歩踏み出し、車内に入ろうとする。





でも足が動かない。










「桜井さん、」





有澤先生の声が蕾の背中に届く。









振り返ると有澤先生はホームに立ったまま、真っ直ぐに蕾を見つめていた。








「あの……」




何か言おうとしたけれど言葉が出ない。







代わりに彼女は小さく手を振った。





電車のドアが閉まり始め、慌てて乗り込む。











窓越しに有澤先生の姿を探すと、まだそこに立っていた。



電車が動き出す。











蕾は窓際に寄りかかり、遠ざかるホームを見つめた。











有澤先生の姿が小さくなっていく。それでも彼はずっと立ち尽くしていた。










(次は……いつ話せるかな…)









酔いのせいにできないように。アルコールの力ではなく、自分の言葉でまた伝えよう。










そんな、事を思った。












窓ガラスに映る自分の顔は、かつてないほど穏やかだった。緊張や不安が完全に消えたわけではない。











でも、不思議と前向きな気持ちになっていた。










「(もう逃げない)」









あの忘年会の夜から二年。






長い月日が流れた。






その間にいろいろなことがあったけれど、今日こそが本当のスタートのような気がした。









蕾はゆっくりと目を閉じた。瞼







の裏に浮かぶのは、有澤先生の真剣な眼差し。











あの時感じた確かな温もり。そして、











「(今度必ず…向き合う…)」













亡き奥様のことを聞く覚悟はできていた。









それがどんなに辛い真実だとしても。









でも今の彼女には、そうすることでしか先に進めないという思いがあった。










電車が駅に到着し、扉が開く。







蕾は足取り軽く降り立った。星空を見上げると満天の星が輝いていた。













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