寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「リーゼロッテお嬢様!」

 王妃の離宮の前でジークヴァルトと別れ控えの間に通されると、先に到着していたエラがすぐさま駆け寄ってきた。今回エラは男爵令嬢としてこの茶会に招かれている。その顔を見てほっとしたリーゼロッテは、エラに導かれるまま陽当たりのいい窓際のソファへと腰かけた。

 ほかにも茶会が始まるのを待つ令嬢がちらほらいて、こちらへとさりげなく視線を向けてくる。さわさわと囁き声が聞こえるが、それぞれが陣取るソファは、何をしゃべっているかまではわからないようなそんな距離感だ。

「ねえ、エラ。ここは王妃様のお茶会の時に通された部屋よね」
「そのようでございますね」

 王妃の茶会に招かれたのは去年の遅い春のことだ。あの日は異形の存在も知らないまま、緊張しながらここに座っていた。一年足らずの間に随分といろいろなことがあった。そう思うとおのずと感慨深くもなる。

(一年前の今頃は、ジークヴァルト様のことをまだ怖がっていたっけ)

 子供の時に一度会っただけの婚約者は、黒いモヤを(まと)う得体のしれない存在だった。時折届く贈り物に辟易(へきえき)していた頃が懐かしい。
 ダーミッシュの屋敷から出ることもなく、食べて転んで寝て夢を見る、そんな繰り返しの毎日だった。今となっては何を思って日々過ごしていたか、自分でも思い出せないくらいだ。

 すべての始まりは王妃の茶会だったと心から思う。あの日から、自分の世界は驚くほどに変わっていった。
 いろいろな場所に行ったし、様々な人に巡り合った。知らないでいたことをたくさん知り、この世界の広がりを思うと今でも心が躍る。そしてその中で、自分の至らなさも存分に味わった。

(このままじゃきっといけないんだわ……)

 新年を祝う夜会以降、ジークヴァルトの過保護ぶりはさらにひどくなった。フーゲンベルクの屋敷では、寝るとき以外はほぼジークヴァルトのそばにいる。リーゼロッテに用意されていた部屋も、ジークヴァルトの自室の隣へと引っ越した。

 ジークヴァルトが登城する時はリーゼロッテもついて行っている。朝早い日は(まぶた)をこすり、王太子の執務室でその仕事ぶりを見守る日もあれば、王妃の離宮に預けられひとり読書や刺繍をして待つ日もあった。

「……まるでコバンザメね」
 小さく漏れ出た声に、エラが不思議そうな顔をする。

「今、何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、なんでもないの」

 微笑んでゆるく首を振った。今、エラに余計な心配をかけても仕方がない。

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