寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「リーゼロッテ様はヴァルト様の託宣のお相手なんですよ。しかも、もう成人なさった立派な淑女です。いい加減、腹をくくったらどうなんですか?」

 突然自分の名前を出されて、リーゼロッテは激しく動揺した。

「それくらい……わかっている」

 ジークヴァルトの低い声が聞こえた。絞り出すような声音だった。

「わかっておられないから、今こうなっているのでしょう? あなたが恋したあの方だって、同じく大人になられたんです。今、ヴァルト様が、どう決断してどう行動しようが、きちんと受け止めてくださいますよ」
「それでも、彼女を傷つけたくない」
「まったく、あなたと言う人は……」

 リーゼロッテは数歩あとずさって、くるりと向きを変えた。そのままその場を駆け出した。鼓動がどくどくとうるさく、ひどく動揺している自分にさらに動揺していた。

(ジークヴァルト様に好きな人がいる。でも、ジークヴァルト様には、わたしがいる)

 託宣で決められたこの自分が。だから、ジークヴァルトの恋が実ることはないのだ。

 マテアスは言っていた。初恋の『彼女』も、ジークヴァルトの決断を受け止めるだろう、と。

(ふたりは相思相愛なんだ。でも……)
 決してふたりは結ばれない。
(――このわたしがいるから)

 『彼女』はきっと結ばれないその運命を受け入れたのだ。だが、ジークヴァルトは?

 貴族に生まれたからには、政略結婚は珍しいことではない。家のために有利な相手と婚姻を結ぶのは、貴族として当たり前のことだ。ましてや自分とジークヴァルトは、龍が決めた相手。もし、それを違えるためには、星に堕ちるほかない。

(ジークヴァルト様は思い悩むほど、その方のことを――)

 やみくもに飛び出して、リーゼロッテはいつの間にか公爵家の庭の中にいた。人影のない静かな庭で、リーゼロッテは呆然と立ち尽くす。

(……わたし、ジークヴァルト様のことが好きなんだ)

 そう自覚したと同時に、自分は失恋してしまった。その事実に、リーゼロッテは絶望の(ふち)に立たされた。






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