寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-

第15話 一輪の花

「お手に触れてもかまいませんか?」

 遠慮がちに声をかけると、ジークヴァルトは無言で両手を差し出してきた。隣り合わせに座った執務室のソファで、リーゼロッテはいつものように手を重ねる。
 いまだによそよそしい態度をとってしまうものの、この『手当』だけは変わらず続けていた。だが以前は指を(から)めて握っていたものが、上から添えるだけのものとなっている。触れるか触れないかのぎりぎりの距離を保ったまま、リーゼロッテは手のひらに力を流そうとした。

「――……っ!」

 いきなり下から手を掴まれて、リーゼロッテは心臓を跳ねさせた。思わず伏せていた顔を上げてしまう。
 握られた手が熱い。
 青い瞳と目が合って、すぐさま不自然に視線を()らした。

(わたしばっかり意識して馬鹿みたい……)

 唇を小さく噛みしめ目をつぶる。心を落ち着かせるために長く細く息を吐いてから、ゆっくりと力を集めていった。

 螺旋(らせん)(えが)きながら腕を(くだ)り、緑の力は流れ出る。重ねた手に吸い込まれるように、そのまま消えて視えなくなった。
 リーゼロッテはこの瞬間が好きだ。
 その先でゆっくりと混ざり合って、緑と青はやがてひとつに溶けていく。まるで自分の一部がジークヴァルトになるようで、言い知れぬよろこびを感じてしまう。それと同時に、例えようのない(むな)しさがこの胸を占拠した。

 こうして繰り返すごとに、力を制御するのが上達してきたと自分でも感じる。集まる力は無駄がなく、眠くなるぎりぎりの加減もわかってきた。今ならジークヴァルトを困らせることもそうないだろう。そんなふうに思える程度には力を扱えている。

(あ……力の流れが……)
 ジークヴァルトの体の中で(とどこお)ったような場所を感じて、リーゼロッテは薄く瞳を開いた。左肩の付け根、あの日短剣を刺された場所だ。

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