寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 傷を負ってから二か月近くは経つ。今ではジークヴァルトは以前と変わらない毎日を送っていた。
 領地の執務に日々明け暮れて、週に数回は登城(とじょう)する。時折傷のあたりを気にするそぶりを見かけるというのに、早朝にはマテアスと激しい手合わせをしているらしかった。無理はしないでほしいとそれとなくエラから伝えてもらったが、委縮した筋肉を戻すためだと言われては、それ以上口を(はさ)めるはずもない。

(ジークヴァルト様は絶えず異形に狙われているから……)

 先日の騒ぎのように、取り()かれた人間が襲ってくることもある。身を守るために鍛錬をおろそかにはできないのだと思うと、無力な自分がただひたすら歯がゆかった。

「あの、ジークヴァルト様」
「なんだ?」

 (うかが)うように顔を上げると、ずっと自分の顔を見ていたかのように青い瞳とぶつかった。思わずさっと目をそらしてしまう。いまだ両手を握られたまま、リーゼロッテは(うつむ)きながら口を開いた。

「肩に触れてもよろしいですか?」
「ああ」

 即答されて、ジークヴァルトの座るソファの後ろへと回った。背後に立ち、傷のある場所にそっと両手を添える。座ったままでもやれることだが、真正面からこれ以上近づくなど、今のリーゼロッテにはできなかった。とてもではないが平静を保てそうにない。

(集中しないとうまくできないもの)
 言い訳のようにそんなことを思い、瞳を閉じて手の内に意識を傾ける。

 この傷が早く()えるように。残る痛みが和らぐように。できるだけあたたかい光を。もっと、もっと、明るい光を――

「おい」

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