寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-

第17話 こころ結んで

「これでいいんだろう?」
 最後に(ついば)むように下唇に口づけると、ジークヴァルトはようやくその顔を離した。

 遠くから人が近づく気配がする。酔ったような陽気な声に眉を(ひそ)め、もう一度リーゼロッテへと視線を落としてきた。
 頬に走る傷に顔をしかめてから、脱力したリーゼロッテの膝裏をすくい上げる。そのまま横抱きに抱え上げると、ジークヴァルトは庭の小道を通って人目のつかない裏口へと向かった。

 放心したままリーゼロッテは、その腕の中、震える指先で自身の唇に触れた。一体何が起きたというのだろうか。だがいまだ濡れた唇が、先ほどの口づけが嘘ではないことを物語っている。

 裏口から人気(ひとけ)のない廊下を進んだところで、使用人にでくわした。抱えられたリーゼロッテを見て、はっとした顔をする。ジークヴァルトは隠すようにリーゼロッテをさらに胸に抱き寄せた。

「どこか部屋を」
「は、はい、こちらでございます」

 使用人は先導して一室の扉を開け、中へと(いざな)った。

「ブルーメ家の侍女を呼んできてくれ」
「え? ブルーメ家でよろしいのですか?」
「ああ」

 (いぶか)しげな顔をしながらも、使用人は「承知いたしました」と頭を下げて扉を閉めた。

 そんなやり取りをぼんやりと聞いていた。これでいいんだろう。ジークヴァルトが言ったその言葉だけが、先ほどからずっと頭の中を回っている。

「これで……いいんだろう、ですって?」

 ふつふつと怒りが湧き上がってきた。がしっと耳ごと頭を挟み込み、ジークヴァルトの顔を自分へと向けさせる。突然のことに目を見開き、リーゼロッテを抱えたままジークヴァルトは動きを止めた。

「いいわけなどあるものですか……! あんな、あんな……っ」

 感情が(たかぶ)って言葉に詰まった。口づけのひとつもすれば、名ばかりの婚約者でなくなるとでも思ったのか。こころの伴わない口づけなど一体何の意味があるというのだ。そんな浅はかな考えに怒りを覚えて、もりもりと涙がせりあがってくる。

(今さら面倒くさい女だと思われたってかまわない……!)
 もうどうなってもいい。よほど面倒くさいのはこの男の方ではないか。

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